2016年7月27日(水)放送、TBS系列・緊急特番「今夜限定スポーツ界を揺るがした4大伝説」
19時56分~22時54分



長年問題視されている日本オリンピック委員会の選考基準。




公式には、誰もが実力があると認めるような選手が「たまたまレースで結果が出せずに選考漏れすることを防ぐため」と言われているが、非常にあいまい。

それは結局、選考する側が恣意的(思うがままに)に選考する余地を残すと同じ意味になるので、公平性と「明確さ」は全くないのと同じになる。



この選考基準で引退に追い込まれた悲劇にスイマー・千葉すす。



なぜ千葉すすは、シドニーオリンピック直前の選考会で優勝したのに、代表選考から外さ選考基準に漏れてしまったのか。そして、引退に追い込まれたその真相にふれる。

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千葉すず(本名・山本すず)は 1975年8月11日神奈川県生まれの現在40歳。
バルセロナオリンピックで銅メダル、アトランタオリンピックで金メダルを取った200m自由形日本代表。


■ 孤高の美人スイマー千葉すず 悲劇の引き際

 ロンドン五輪で戦後最多11個のメダルを獲得した日本競泳陣。その礎を築いたとされる、元祖美人スイマーがいる。今から約20年前の1992年。当時高校2年生の少女は、日本人には手が届かないと思われていた自由形でメダルを期待される若き大エースだった。


 しかし、彼女はメダルに届かず、代わりに全くの無名だった後輩の岩崎恭子が金メダルを獲得した。4年後の大会に際し、ある番組で発した「勝負より楽しみたい」などの発言が日本中のバッシングを受けることになる。その後、一度は競技から離れたが、1999年に復帰。日本新記録を樹立して完全復活した。翌2000年。五輪代表選考を兼ねた日本選手権でも優勝。当然代表に選出されると思われたが、落選。彼女はひっそりと引退した。
 引退以降、マスコミの前に出てくることはなかった彼女が、長年の封印を解いて初めてすべてを告白する。

http://www.tbs.co.jp/program/sports4daidensetsu_20160727.html




・千葉すずがシドニーオリンピックで選考落ちした理由。

千葉すずはシドニーオリンピックで注目の選手だった。

世界中は彼女の泳ぎに注目しており、実力、才能は本物。200m自由形で世界選手権金メダリストで、しかもあのタイムは、今でも日本代表に入れるくらいの凄まじいタイム。
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千葉すずが最初にでたエドモントン五輪の際、フリーリレーで4位入賞したものの、まったく評価されず、むしろ「メダルが取れなかった」ということをバッシングを受けたことがトラウマになっていた。



普段は水泳を見向きもしない人々が、オリンピック時になるとマスコミ各社は、メダルを取れなかったことをやたらと批判が多い。これは、千葉すずだけではなく、他のトップアスリートの多くが身を持って経験していることだろう。


その不満が爆発してしまい、アトランタオリンピックである問題発言をしてしまう。




1995年7月26日のテレビ朝日「ニュースステーション」で取材を受けた際、当時キャスターだった久米宏に「メダルが取れそうか?」などの聞き飽きたセリフを聞かれ、千葉すずはイライラが頂点になってしまう。
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明らかに表情を変えた千葉すずは「(オリンピックを)楽しんでいるやってきたから、メダルとか言うなら自分で出場すればいい」「日本人はメダルキチ○イ」と、生放送で放送禁止用語を発言してしまったのである。


当時のテレ朝にはクレームの電話が殺到。
千葉すずは思ったことをはっきり言う態度は、昔から変わっていなかったので、この件について気にも留めず、金メダルを獲得。しかし、当時の水連の古橋会長には疎まれてしまった。



その4年後、千葉すずは日本選手権を優勝し、シドニーオリンピックの派遣記録は突破していた。しかし、標準記録を突破して優勝したにもかかわらず「五輪に派遣されない」ということになった。日本水泳連盟は「世界と戦える選手」には当たらないとして、千葉すずを代表には選ばなかったのだ。


2000年のシドニーオリンピック時には千葉すずは25歳。

選手としては最も好成績の出る時期で、年齢的にこれが最後のオリンピックになる大事な選考会。これは「千葉すずが発言に問題あるから派遣しない」という暗黙の選考だった。



千葉すずはその後、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に「選考が不透明だ」として提訴。
裁判の結果は、日本水泳連盟は「前年の世界ランキング16位相当以上を選考基準」とし、日本選手権では「世界ランキング17位相当だった千葉選手が落選した」と説明。その結果が、受け入れられることで千葉すず選手の訴えは棄却され出場断念。


しかし、「あらかじめきちんと基準が明かされてれば、そのような混乱も起こらず、それを目標に日本選手権を泳ぐことでもっと良い記録を出していた可能性も十分にある」とされ、日本水泳連盟に訴訟費用の一部の支払い命令も出された。

参照wiki


現在、五輪選考で競泳が特に厳格なのは、この裁判の影響もあると言われている。
千葉すずのスタンスが多くの人に好かれるものではなかったのは事実だが、「水連のお偉いさんに嫌われていた」というは事実だろう。さらに、千葉すずには週刊誌のバッシング、「わがまま」だったとか、「悪いことをした」と誹謗中傷をうけ、そのまま現役引退。



その後千葉すずは水泳選手・山本貴司と結婚。
千葉すずが出場できなかったアテネで銀メダルを獲っている。
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山本貴司はメダルを取った時のインタビューで「夫婦で獲ったメダル」と発言。
この言葉に千葉すずは、心が救われたとのちの番組で心境を語っている。


この放送禁止発言は、千葉すずが「とても繊細な人だった」からの発言だろう。相手がどう思うより、「自分が嫌だ」と思う事をはっきり言う。図太い神経の人なら、マスコミのメダルへの過剰報道について気にもとめないか、その場だけの体裁を考える。


結果、実力がありながらバッシングを受け、引退まで追い込まれた悲劇。
現在は小学生に水泳の指導や講演活動を行っているという。今夜の放送では、なぜあの時、放送禁止を発言をしまい、引退に追い込まれた心境を告白。40歳になった今、当時の千葉すずへの思いを語る。

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