10月3日(月)放送、NHK「相撲中継」

謎の和服美女・芸者の寿々女さんが映り、「この美女は誰?」とネットで話題になっている。



芸者というのは「舞妓」として厳しい稽古を積み重ね、舞妓の中でも優秀な人が芸者になれる日本古来の伝統芸能。舞妓は若い人が多いが、芸者は舞妓として修行をした後なので、舞妓よりどうしても年齢が高い人になってしまう。


しかし、本日中継に映された芸者の寿々女さんは鬘を被り、白粉という、この後に舞台でもあるような正装で観戦。あまりにも美人だと2chでも話題になっている。

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・寿々女さんは東京新橋組合の西川流鯉風派

寿々女
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出身 青森県弘前市

中学校を卒業後、京都で芸者修業を積み、20歳で引退。引退した1年後に新橋花柳界で復帰。現在は西川流鯉風派に席を置き、その美貌から、一流料亭の人気の芸者の一人に成長した。


・西川流鯉風派家元 西川左近(にしかわ さこん)
西川流鯉風派家元。父西川鯉三郎に師事し三才にて初舞台。『西川流雛菊会』を主宰し門弟の育成にあたり、芸の研鑽と鯉三郎作品及び芸の継承のためリサイタル「西川左近の会」を開催。


http://www.shinbashi-kumiai.jp/%E8%8A%B8%E8%E3%A8%E5%B8%AB%E5%8C%A0%E3%AE%E3%E7%B4%B9%E4%BB%8B#

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女芸者は平安時代に誕生しており、当初は「白拍子」と呼ばれ、「芸事」だけをする「女芸者」は存在しなかった。色と芸が主だったが、江戸時代に入り、幕府公認の遊郭「吉原」に「芸は売っても媚びは売らぬ」が性分の「吉原芸者」が誕生。
「芸者と寝ずに、芸を楽しむ」ことが江戸時代の「粋」となって、芸者が大流行した。そして、現在の新橋、深川の遊里には、芸事しかしない「芸者」が生まれ、日本の伝統芸能として語り継がれている。



・寿々女さんに会うためには新橋の料亭に通わなければ会えないようだ。

・新喜楽
明治31年より築地に店を構える老舗料亭。

・新橋料亭・茶屋 
金田中 金田中 大正半ばに創業。

・新橋料亭・茶屋 東京吉兆本店 東京吉兆本店
1930年の創業



料亭の場合、舞妓や芸者を一人派遣してもらったら、4万位からかかる。(大勢だと人数割出来るから安くなる)二人で利用すると、二人が一人4万~支払わないといけない。それは芸者に支払う料金だけで、料理代など別途料金がかかるので、どうしても政治家などお金持ちの人がいくお店のイメージが強い。



寿々女さんのおかげで、意外なところで日本の伝統芸能が注目されたのは、今後の芸者の世界にもいいきっかけになるのかもしれない。

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