ビリギャル02

2016年12月26日(月)放送、TBS系列・映画年末特別企画「ビリギャル」地上波初ノーカット版
21時00分~23時25分



偏差値30の金髪ギャルが慶応大学を1年間の勉強で入学した実話「ビリギャル」



ラストがどうなるのか「合格して終わり」とネタバレしているような映画なのに、主人公が勉強を頑張り「慶應を諦めよう」としたように、人は困難にぶち当たったとき、逃げるか立ち向かうかと人生模様が感動をよんだ作品。



「逃げていいんだよ」と逃げは恥だが役に立つ的な風潮が広がりつつあるように、そのスタンスも大切だが、やっぱり基本スタンスは「立ち向かう」という構えでいた方が見ていて感動を呼ぶ。
逃げた方が効率的ではあるが、立ち向かいたとえ失敗したとしても、その経験はとても大切な思い出となる。


逃げた方がいいのか、立ち向かった方がいいのか、正しい答えはわからないが、少なくとも「立ち向かうこと」は改めて素晴らしいことを教えてくれる「ビリギャル」。


しかし、実話のモデルとなった人物は、とても映画で登場するような「落ちこぼれ」ではなかったとネットで噂になっているので、今回はビリギャル本人のその後や現在を放送されるに先駆け、先行して紹介する。




■目次

「ビリギャル」あらすじ
「ビリギャル」とは
「ビリギャル」モデルとなった本人・小林さやかさん
「ビリギャル」モデル本人となった小林さやかさんの勉強法
「ビリギャル」の現在
ビリギャルは実話ではない?

「ビリギャル」あらすじ


ビリギャル03

高校2年生のさやか(有村架純)は偏差値30。

成績は学年ビリ、心配した母親のああちゃん(吉田羊)は、さやかに塾に入ることを提案。


金髪でへそ出しルック、知識は小4レベルのさやかだが、塾講師の坪田(伊藤淳史)と出会い、偏差値70の超難関・慶應大学を目指すことを決意!猛勉強を始める。学校の教師(安田顕)や、父親(田中哲司)は鼻で笑うが、支えてくれる人のため、さやかは慶應大学合格にむけ走り続ける・・・


公式サイト





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「ビリギャル」とは



ビリギャル01

「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」
となっているが、正確には「東大、京大への進学できるほどの中高一貫のお嬢様学校・愛知淑徳高校で学年ビリの帰国子女ギャルが、1年半かけて校内偏差値を40上げて英語・小論文2科目受験の慶應大学SFCに現役合格した話」


なので、普通の公立高校で学年ビリが慶応大学に入ったわけではなく、元々英語が得意だったものを他の科目を底上げして受験合格基準に押し上げたというのが正解になる。


しかし、愛知淑徳高校は格式高い学校なので「授業中の居眠り」など許されない。映画内にあった、手のつけられないくらいの不良というのは誇張されていると推測される。また、他の生徒の邪魔にならないように、ほっておかれたのかもしれない。



卒業生の多くが有名大学に進学するが、実際にビリでは慶應大学どころかエスカレーター式で上がれそうな愛知淑徳大学にすら進学できない。


ビリギャルは中学受験を経験しているので、学力としての素地はあった。しかし、中高と遊んでばかりだったということから、学力的には小学生程度に戻ってしまっていた。人間は、心が怠惰になるとそれまで身に着けていたはずのものがすぐには出てこなくなる。



だけど、もともと素質はあったので、その気になれば、中学受験までの回復は著しく早かったものと想像できる。ビリギャルが凄かったのは、その後の「大学受験に対する取り組み方」。そして、最も最適な方法を塾の先生が選んで支援をうけたことは事実なので「ビリギャル」がヒットした理由にもなる。





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「ビリギャル」モデルとなった本人・小林さやかさん



ビリギャル


「ビリギャル」のモデルとなったのは小林さやかさん。
通っていたのは愛知淑徳高校という愛知県のお嬢様中高一貫校。偏差値60を超える進学校で、東大に進学する人を多く輩出している。だった少女が、ある予備校の先生と出会ってから一生懸命に受験勉強をして、現役で慶応大学SFCの総合政策学部の受験に合格した。



なので、小林さやかさんは「エリート中のバカ」だった。

小林さやかさんは、浪人や予備校に通うことなく慶応大学に現役で合格。その代わり在学中から塾に通い、塾の先生も勧めもあって、学校の授業は無視した形で独自の勉強法を取り入れ、 受験科目にない科目の授業には、目もくれず、受験のためだけの勉強を学ぶ。


この本の著者の 「坪田先生」 は、「Storys.JP 」というブログ記事の中で、学校の授業は「学校側の都合でプログラムが作られている」 訳なので、それに合わせるのもおかしいという意見、やりたいことが明確に決まったビリギャルには、必要のないもの。


ビリギャルは学校の先生たちからは、「慶応目指すとかいってるらしい(笑)」 とか鼻で笑われたそうだ。
学校一の問題児が「慶応を目指す」のだから当然といえば当然なのだが、学校の勉強や学校の先生では「受験に役に立たない」証明にもなった。



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「ビリギャル」モデル本人となった小林さやかさんの勉強法




※TBS「金スマ」で放送された小林さやかさんのエピソード


「ビリギャル」こと小林さやかさんは、小6で受験をして、お嬢様進学校に入学。
入学後は勉強せずに好きなこと三昧で、高校2年になった頃には学年ビリ。(普通にしておけば、付属の大学までエスカレーター式に行けたかも知れない)が、校則違反がたび重なり、素行不良で内部推薦は不可能になってしまい、その上成績もビリ。




「このままでは行ける大学がない!」


という段階にまでになって焦ったときに、母親に勧められ高2の夏に入塾。

この頃のビリギャルの両親はとても仲が悪く、父親が非協力的だったので、母親がパートを増やしたり、結婚指輪を売ったりして、塾の費用を捻出。母親への感謝はより一層深くなり、結果、より猛勉強へと向かう決意になる。


小林さやかは中学受験時に勉強しているので、「地頭が良い」ので、入塾後、約3週間で中学英語をマスター。高3の9月には、英語の偏差値は70超えていた。


但し、他の科目は伸び悩み、9月のこの時点で慶應合格はE判定。(明治はC判定)


その後、坪田先生指導のもと更に努力を重ねて、12月の模試では、総合偏差値が60超える。(その頃の高校のテストでは、全ての文系教科で平均点以上、模試は学年3位の成績)最後の1ヶ月は、徹底して過去問演習、弱点補強に費やしたそうだ。


入試本番数週間前には、慶應文学部の過去問は90%以上、上智大の過去問は100%近く解けるまでになっていたが、坪田先生いわく「合格は五分五分」というところだったようだ。



入試は全て一般入試。
結果は、滑り止めの明治(政経)と関西学院は合格。上智大は、過去問の傾向とは全く異なり、英語の難易度が高く不合格。



慶應は4学部を受験。
理系関連の問題は全くやって来なかったので、結果は当然のように不合格。



そして、本命は慶応文学部。
過去問を解いた結果、ここが一番「受かる可能性」があった。
なのに試験当日、体調を崩し、トイレ往復。問題を解く時間が無くなって集中も出来ずに、不合格。



ラストは総合政策(慶應SFC)のみ。

試験は選択1科目(英語を選択)と小論文の二つ。小論文の過去問は、あまり良い出来ではなかったが、この時すでに「受かることはない」と緊張感がとれていたことで、リラックスして試験に臨んでいたこと、さらにちょうど坪田先生と塾で話したばかりの時事ネタが役に立ち、予想以上にどんどん書けて、見事合格。


結果、「有名高校のビリから慶応SFCとかいうとこに入った」ビリギャルが誕生する。





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「ビリギャル」の現在




小林さやかさんは帰国子女で「英語が得意だった」という噂について本人は否定している。(本や映画でもそれを確信させるシーンがある)話を盛ったのか、真相は不明だが、ビリギャルの出身校と言われているところは、現在は進学校として知られているが、10数年ほど前まではスポーツ学校として知られていた。



確かに中学受験で2か3科目のみで受かったとはいえ、中学受験成功者であるのは間違いない。その後にサボってしまい、学年ビリにいたことは間違いない。



ビリギャルを教えていた坪田先生は、「ビリギャル」が売れてから自分が勤務している塾の名前を青藍義塾から坪田塾に変更。さらに現在では、名古屋に東大専門の学校を設立しようという計画まで進行しており、他にも様々なビジネスに手を出し、一気に成功者になった。




小林さやかさんは慶応大学を卒業後、東京に上京し就職。しかし、退職して愛知県名古屋でウェディングプランナーとして働いていたところ、仕事関係で知り合った男性と2014年7月に結婚。お互い尊敬し合って、お互いに立て合っていく幸せな家庭を築いている。



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ビリギャルは実話ではない?




坪田先生を擁護するつもりはないが、当初はこんなに本が売れたり話題になるとは思ってなかったはず。だから、内容を多少「盛っている」箇所がある。



確かに、慶応でも経済に合格したわけではなく、英語(マーク)+小論文の総合政策なので、目標の経済に合格できてない。


「慶応のどこかに入学する」だけが目標だったのかは不明だが、それまでの生活に比べると「目標を持って努力する」という姿勢は教育できたのは間違いない。さらに「慶応に入る」目標達成したので本人には成功体験もできたし、これから困難があっても努力するという思考になれるはず。


大学の名前で本人の価値は決まらないが、「努力は必ず報われる」という証明にはなった作品になっている。


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