君に捧げるエンブレム1

新春ドラマスペシャル「君に捧げるエンブレム」
2017年1月3日(火) 21時00分~23時30分

嵐の櫻井翔が主演の車イスバスケと夫婦愛を描いた作品「君に捧げるエンブレム」。


モデルとなった車椅子バスケットボール選手の京谷和幸の実話となる。

足が動かなくなりサッカーができなくなって、生きがいを失わず車いすバスケに励む姿に尊敬の念を描く。2000年、シドニーパラリンピックからパラリンピック日本代表となった京谷和幸。

京谷和幸1


パラリンピック競技となる車イスバスケは、オリンピック競技と同じ競技名でも特有のルールがあり、ルールを知らないで見ると、なにがなんだかわからない状態になる。


日本では車いすテニスで有名になった国枝選手。
テニスの国枝慎吾選手クラスになると、CMにも出ているし、ユニクロなどスポンサー等ついているので大会参加(交通費その他諸々)にかかる費用の人負担は無い。優勝すれば賞金(年間3000万円ぐらい)も出るし、テニスである程度生活できる。しかし、他の障害者スポーツでは賞金が出るようなスポーツはないので、障害者スポーツで生計を立てている人は殆どいない。


そんな車椅子バスケのプロ選手となった京谷和幸の苦悩を描く「君に捧げるエンブレム」の実話が放送されるに先駆け、京谷和幸の半生と「君に捧げるエンブレム」のあらすじを紹介する。


■目次

「君に捧げるエンブレム」あらすじ
「君に捧げるエンブレム」の実話のモデルとなった京谷和幸
車いすバスケットボールとは
京谷和幸の活躍と現在
「君に捧げるエンブレム」キャスト

「君に捧げるエンブレム」あらすじ




主人公の鷹匠和也(櫻井翔)は幼少の頃から注目を浴びてきた天才サッカー選手。

Jリーグに入団し、23歳で念願のサッカー日本A代表にも選ばれ、自慢の婚約者・仲川未希(長澤まさみ)との新居も構え、まさに順風満帆、栄光の人生をその足でひた走ってきた。 ところが、結婚式の衣装合わせを控えたある日、和也は事故にあい、脊髄を損傷する大怪我をおってしまう。

立てない、歩けない、一生を車椅子で過ごさなければいけない…。
「この2本の脚さえあればオレはどこでだって生きていける」そう思ってやまなかった和也につきつけられた過酷な現実。人生そのものを失ったに等しい絶望のどん底にいた彼に、未希が差し出したのは婚姻届だった。


以前と変わらぬ態度で接する未希に支えられ、驚異的なスピードでリハビリを克服していく和也。 だが、結婚に反対する双方の家族、世間のあわれみの目、何より弱者になってしまったことを受け入れざるを得ない自分自身…、サッカーに代わるものなど見つけられず、先の見えない人生に、なすすべもなくいら立つことしかできずにいた。


そんなある日、リハビリセンターの体育館で、偶然、車椅子バスケを目撃する和也。

激しいボール、床をこするタイヤの焦げた匂い、戦車のような車椅子、ぶつかりあう屈強な男たち。そして、その熱気…。吸い込まれるように見入っていた和也の手に、「やってみますか?」と一つのボールが手渡される。

「妻に誇れる男でありたい。生まれてくる子に誇れる父でありたい。自分に誇れる人生を歩みたい」。パラリンピック日本代表選手を目指す和也の新たな挑戦が始まった…。



公式サイト




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「君に捧げるエンブレム」の実話のモデルとなった京谷和幸


京谷和幸


京谷和幸(きょうやかずゆき)
生年月日 1971年8月13日45歳
出身地 北海道室蘭市


幼少の頃からサッカー選手に憧れ、小学校2年の時にサッカークラブに通う。その後もサッカーを続け、室蘭大谷高校サッカー部時代には3年連続で全国高校サッカー選手権大会に出場。高校2年でユース代表、3年時からバルセロナ五輪代表候補に選ばれた将来のプロサッカー選手を約束された逸材だった。

京谷和幸2

高校卒業後の1990年4月に古河電工に入社し、1991年5月に東日本JR古河サッカークラブ(現ジェフユナイテッド市原・千葉)とプロ契約。


プロサッカーが始まったJリーグの開幕した年1993年11月28日午前4時40分、車を運転中に脇から急に出てきた車を避けようとして電柱と正面衝突し脊髄を損傷。下半身不随となって車いす生活になり、サッカー選手を引退をせざるえなくなってしまった。



※この時、京谷和幸の交通事故が、電柱と正面衝突という事故だったために、飲酒運転をしていたのではないか?とネットの噂になっている。
しかし、実際に脇から急に飛び出してきた車をよけてぶつかったという事故検証がされているので飲酒運転ではない。


車椅子生活になってからも交際していた会社の同僚だった陽子さんと結婚。
1994年、身体障害者手帳の交付を受けるため訪れた浦安市役所の福祉課で受付をしていた車いすバスケットボールの元日本代表ヘッドコーチ小滝修と出会いがきっかけで車いすバスケットボールを始めることになる。




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車いすバスケットボールとは




通常のバスケットとはルールは違うところが多々ある。


まず、選手がクラス分けされているということ。
選手の障害の大きさによって判断され、1.0から4.5まで0.5ずつクラス分けされている。基本的には1.0から4.0までのランクがあり、そこに1.0ずつクラス分けされて、障害が大きい選手ほど大きい数字になっていく。その中で身体能力が高い選手は0.5加算されていく方式。

なので、最高4.5は健常な人に近い状態になる。
(京谷和幸はもっとも重い1.0クラスに分類)



ルールとしてチーム全体で14.0を超えては駄目なので、「障害の少ない選手だけでチームを組むことは出来ない」という重度な障害を持つ選手も参加出来るようなシステムを取っている。選手の障害も様々で、例えば足切断などで「義足を使えば健常者と同じくらいの生活が出来る選手」と「慣れなければ座るのも大変な選手」が同じ障害にしてはチームのバランスが取れない。

しかし、選手がゴールを決めればどの選手も同じ得点。
1.0の重度な障害の選手がシュートを決めても、2ポイントが3ポイントになることはない。



大きく違う点はトラベリング。
車椅子バスケの場合は、ダブルドリブルはない。そしてドリブル1回につき「車いすのタイヤを2回操作」出来る。


車椅子にも規制があり、シートの高さは最高で53cmと高さ制限がされている。

障害の重い選手は、深く座らなければ上半身のバランスが取れないので、バランスを崩したときに障害の軽い選手は上半身でたて直せるが、重い人はそれが不可能なので、高さ制限のルールを設けている。


椅子の位置を高くすればシュートポイントが高くなるし、リバウンドのときに高い位置で取れるなど、普通のバスケで言う身長の高い選手と同じような利点が生まれるが、重心の移動は難しくなるので、そこは選手個人に合った高さを53cm以下から選んでいるようだ。







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京谷和幸の活躍と現在



京谷和幸3

元々スポーツ選手だったこともあり、車椅子バスケットボールチーム千葉ホークスに加入すると同時にすぐにその才能を発揮する。


1969年労働災害者の訓練施設「千葉作業所チーム」として誕生した車椅子バスケットボールチーム「千葉ホークス」。京谷和幸が加入以降、全国大会でも数多くの優勝を成し遂げる。京谷和幸個人としてはパラリンピック2000年「シドニー」、2004年「アテネ」、2008年「北京」、2012年「ロンドン」日本代表として出場しており、その中心選手として活躍。


現在は車いすバスケを引退しており、指導者として2020年東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、車いすバスケットボールの若手育成にも力を注いでいる。





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「君に捧げるエンブレム」キャスト


君に捧げるエンブレム



鷹匠和也(櫻井翔)
香川照之幼少の頃から注目を浴びてきた天才Jリーガーで日本A代表、婚約者・未希との新居も構え、まさに順風満帆な人生を送っていたが、不慮の事故により両足の機能を失ってしまう。事故後、いったんは深い絶望の淵に突き落とされるも、自身の不屈の努力、周囲の協力、そして妻の支えを受け、車椅子バスケの選手に。車椅子バスケ選手としては最も障害の重いクラスのプレイヤーで、スピードや運動量は他の選手に劣るが、サッカー選手時代にミッドフィールダーとして活躍した経験を活かし、日本代表を目指す。 前向きで楽天家、さわやかな笑顔で周囲にわがままを納得させてしまう天性の人たらしでもある。そして極度の負けず嫌い。そんな和也の何よりも魅力的なところは決して困難から逃げない強さである。




仲川未希 (長澤まさみ)
和也の婚約者。和也と知り合った時にはサッカーにまるで興味がなく、日本代表の10番を背負う和也のことも知らなかった上、そのヘラヘラとした態度に嫌悪感を示していた。だが、和也のことを知るにつれ、それがストイックな本性を知られたくない彼なりの照れなのだと知り、好感を持ち始める。今では誰よりも努力家である和也の良き理解者。 気が強く、姉さん女房的性格で、ときに和也にすら有無を言わせない決断力を見せる。和也が事故で両足の機能を失ったことを受け、両親の強い反対や、経済的問題などからいったんは結婚に迷いを見せるも、その後、和也への強い思いを再確認し、和也を支えていく。


向井大隼(市原隼人)
車椅子バスケ・チーム“Wings”の得点王。片足を切断しているが、それ以外は健常者同様の身体能力を持ち、チームの要として活躍している。実は転移性の癌(がん)を患っており、いつ選手生命を絶たれてもおかしくない状態で、それゆえ生き急ぐようにハードにバスケに取り組んでいるが…。



鶴田仁志(田中哲司)
未希が障害者手帳の手続きをする際に対応する朗らかな市役所の職員。スポーツを通じて障害者に積極的な人生の可能性を示したいと考える鶴田は、自身も車椅子バスケのベテラン選手であり、新興チーム“Wings”を主宰、和也を車椅子バスケの世界へと引っ張り込む。



仲川明生(小林薫)
未希の父親。両足の機能を失った和也との結婚に反対する。駅の助役として私鉄に勤めるサラリーマンで、地道に働くことを美徳とする真面目な父親だ。先の見えない和也との結婚は、心を鬼にして絶対に許さないと決めているが…。


鷹匠和歌(倍賞美津子)
和也の母。地元で小さな工務店を営む夫を支え、和也を育ててきた主婦。控えめな性格であり、自分には取り立てて取り柄もない人間であると考えているが、和也のことだけは心から誇りに思い、常に応援し続ける。和也と未希の結婚も楽しみしていたが…。


向井史子(かたせ梨乃)
大隼の母。シングルマザーとして女手ひとつで大隼を育ててきた。気っ風のいい負けず嫌いな性格で、自らも癌(がん)を患っているが、大隼にもあえて明るく強く振舞う強い母親。だが奥底には、幼い頃から病気を患う息子に対し申し訳ないという思いを抱えていて…。

神村錬(安藤政信)
車椅子バスケ日本代表、不動のエース。車椅子バスケ黎明期からスターとして君臨し、明るく豪快な性格を持つ太陽のような男だ。和也と大隼にとっての永遠のライバルであり、立ちはだかる最大の壁となる。

福本廣太郎(香川照之)
和也がまだ高校生だった頃からそのサッカーの才能にほれ込み、自腹を切って追い続けてきたスポーツ紙記者。不慮の事故で選手生命を絶たれた和也…その車椅子姿を目にした福本は、この先彼の記事を書くことはもう無いのだ、と悲嘆するが…。


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