高橋真梨子 2

2017年1月6日(金) 放送、TBS系列「中居正広のキンスマスペシャル」
20時57分~23時09分


2016年の紅白歌合戦で「ごめんね・・・」をうたった芸能生活50年・高橋真梨子。

コンサートのチケットは「プラチナチケット」という状況でちょっとやそっとじゃ手に入らない人気の高橋真梨子だが、その紅白出場の裏では、体重32キロの激やせと限界を超えていた。


なぜ高橋真梨子は激やせしてしまったのか?


今回は高橋真梨子半生を金スマで紹介する前に、その激やせしてしまった理由を紹介する。




■目次

髙橋真梨子プロフィール
高橋真梨子の活躍
高橋真梨子の激やせの原因
高橋真梨子の病気・更年期障害は治らない?

髙橋真梨子プロフィール




髙橋真梨子(本名・広瀬 まり子)
高橋真梨子1

生年月日 1949年3月6日67歳
出身地 広島県廿日市市
所属事務所「ザ・ミュージックス」



父・森岡月夫は広島鉄道局、母・髙橋千鶴子は広島市内の銀行に、それぞれ勤務時の1945年8月6日、米軍の原子爆弾投下により被爆。戦後、国鉄を辞めてプロのジャズクラリネット奏者を目指した父は、朝鮮戦争下で米軍基地が多くジャズが盛んであった福岡に移り、まもなく当時1歳だった真梨子も母に連れられて博多に転居した。



5歳の時に両親は別居、真梨子は母と博多に残る。小学校3年10歳の時に父母の離婚成立で、母親の「髙橋」姓となる。父は広島に戻り、広島市内のクラブでジャズプレイヤーとして働いたが、入市被爆が原因で長らく後遺症に苦しんだのち39歳で亡くなった。福岡市立高宮中学校を卒業。




音楽を目指した父の影響を受け芸能界に憧れ、自らもジャズボーカルの勉強を始める。16歳になるとプロ歌手を目指して九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)より駒沢学園女子高等学校へ転入のため上京。渡辺プロのもとで本格的なレッスンを受けた後、1966年に「スクールメイツ」の一員として芸能界デビュー。しかし自身の求めているアーティスト路線でなかったこともあり、高校を卒業すると渡辺プロを脱退し、博多に戻りディスコやクラブでの活動を始めた。



1972年に「ペドロ&カプリシャス」のペドロ梅村にスカウトされ、先代に次ぐ二代目ボーカルとして参加。翌1973年には「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などがヒット。翌1974年末の「第25回NHK紅白歌合戦」では「ジョニィへの伝言」で初出場を果たした。




1978年に「ペドロ&カプリシャス」を脱退、「髙橋真梨子」としてソロ活動を始める。「あなたの空を翔びたい」でソロ・デビュー。以降「for you…」「はがゆい唇」「遙かな人へ」など数々の名曲を披露、また高橋自ら作詞を手掛けたりするなど、実力派歌手としての地位を確立した。



参照wiki


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高橋真梨子の活躍


高橋真梨子

高橋真梨子は現在はコンサート活動を中心に活動をしているが、そのコンサートはいつも即日完売で、毎回短時間で売り切れ。NHKにもコンサートの再放送の希望が多い。
中高年の女性ファンが多い、なかなか手に入らないプラチナチケットになっている。



ヒット曲「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」「桃色吐息」「遥かな人へ」などは、最近でもアレンジを変えたバージョンで披露されたりしている。


高橋真梨子のコンサートは、芸能生活50年を越える今でも、毎回半分くらいは初めてのお客が訪れるという。そのため、初めての人も楽しめるようにという気遣いを尽くし、有名な定番曲を出来るだけ入れて「有名な曲をちょっと知ってるだけなんだけど、一度は来てみたかった」というような人でも楽しめるコンサートになっている。





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高橋真梨子の激やせの原因



高橋真梨子 3

高橋真梨子が旦那のヘンリー広瀬と結婚した3年後の47歳の時、突然コンサートの最中にめまい、手足のしびれに襲われ、歌が歌えなくなりコンサートが中断。後日、病院に診察を受けると重度の更年期障害と診断される。


更年期とは自律神経失調症状・神経症状が主な原因と挙げられている。


よくある症状としては、ほてり、発汗、動悸、頭痛、冷感、めまい、耳鳴り、意欲低下、不安、うつ、肩こり、関節痛、筋肉痛、腹痛、嘔吐、嘔気、易疲労、皮膚掻痒、食欲不振、不眠など多くの症状があらわれる。人間関係でストレスがあると自律神経のバランスが常に緊張状態になって、更年期症状が悪化しやすい。



個人差はあるが、ほてりや発汗は約2週間、不眠は2~4週間程度で改善はできる。

ただ、更年期になると、考えがうまくまとまらず仕事に支障をきたすなど、さまざまな不調に悩まされるようになって、今までできていたことができなくなり、自信を失ってしまうようだ。




この自信喪失が激やせにつながってしまったようだ。

母子家庭で育った高橋真梨子は、母親との関係性が悪く、愛情不足から「愛の歌」に執着していた。母親の不倫、父親との別れを経験し、何かの不足感が心に強くあったために、愛情に執着し作品作りに昇華させていた高橋真梨子だったが、それが大きなストレスとなっていったのだろう。現在では体重が32キロしかなく、私生活にも支障をきたすレベルになってしまっている。



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高橋真梨子の病気・更年期障害は治らない?




若い女性でも無理なダイエットや不規則な生活、ストレスが続くと、ホルモンのバランスが崩れて自律神経もうまく働かなくなり、この状態が続くと若年性更年期障害という状態になる。この状態で治療しないで放置していると、本当の更年期になってしまう。


本当の更年期になると、女性ホルモンが脂質の代謝に関係して、女性ホルモンバランスが崩れると、激やせ、太りすぎと見た目に症状が現れる。そんな状態でタバコ、また過激な運動を継続的に行った場合にも、更年期障害を悪化させてしまう。



更年期障害は基本的には一般に閉経の前後10年間と言われているが、64歳の高橋真梨子のようにずっと更年期に悩まされている人もいる。


人によっては60歳から更年期が来たという人もいるし、寝込んでしまうほどの重症になる人もいる。ただ高橋真梨子の年代は、自分の力ではどうにもならない悩みが更年期を悪化させているのは少なからずあるだろう。


病院で処方箋を出してもらう事で、症状の緩和ができるが完全に治るわけではない。漢方薬や薬で症状を抑制するしかないのが現状だ。


2016年6月宮城県でのコンサート、2016年7月熊本県でのコンサートの2つのコンサートを体調不良を理由に中止。更年期障害による病気のうつ病がは発症しているともうわさになっている。今夜の金スマでは、高橋真梨子の半生を再現ドラマで紹介。その壮絶人生を振り返る。






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