2017年1月10日(火)放送、TBS系列「マツコの知らない世界SP」
20時57分~22時54分



90年代、小室ファミリーといわれプロデュースする曲のCD総売上1億7千万枚以上と一時代を築いた小室哲哉とマツコが初共演。

安室奈美恵を筆頭にglobe・篠原涼子といった小室ファミリーヒットの秘密初告白。安室が売れた理由、globeが売れた理由や嫁であるKEIKOとのなれそめ。



音楽プロデュースの世界と全盛期の収入や逮捕事件についても語られる前に、先行して小室哲哉の逮捕の真相を紹介する。



■目次

小室哲哉プロフィール
小室ファミリー全盛期
小室哲哉がプロデュースして一番の成功者は安室奈美恵
小室哲哉の逮捕
小室哲哉の失敗

小室哲哉プロフィール



小室哲哉
小室哲哉1

生年月日1958年11月27日58歳
出身東京都

学歴 早稲田大学社会科学部中退

自身の音楽ユニットであるTM NETWORKと並行して、三浦徳子の勧めで渡辺美里をはじめ、岡田有希子、荻野目洋子、おニャン子クラブの福永恵規、堀ちえみ、中山美穂、松田聖子、小泉今日子、宮沢りえ、観月ありさ、牧瀬里穂、中森明菜などに楽曲を提供し、作曲家としても活躍する。その活動はTM NETWORK・ソロ活動の際の企画・制作費・プロモーションの環境整備に一役買った。特に当時共同で作業する機会が多かった大村雅朗に関して小室は「僕が提示しようとした新しさを一番理解してくれた。その上で他の歌謡曲とどの様に馴染ませるかで随分助けてもらった」と語っている。

1986年に渡辺美里へ提供した「My Revolution」が、第28回日本レコード大賞金賞。TM NETWORKは、1987年に発表した「Get Wild」で一躍人気バンドとなり、1988年には第39回NHK紅白歌合戦に出場。


参照wiki


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小室ファミリー全盛期




90年代に入ると、第一次アイドルブームが終焉を迎え、小室哲哉がプロデュースした安室奈美恵がサテンシャツと厚底ブーツ、メッシュを入れた茶髪と細眉というギャル風ファッションのアーティストが流行した。
小室哲哉

当時のギャルはこのファッションが元になっており、小室ファミリーブームもあり、出すCDはほとんどがミリオン達成。その3年後に浜崎あゆみが登場。たちまち人気となり、浜崎あゆみと安室奈美恵の「歌姫」と呼ばれる二人が活躍する時代だった。




歌番組に出るのほとんどが小室哲哉がプロデュースする「小室ファミリー」ばかりで、今思えば「似たような曲」ばかりなのに、なぜ住み分けが成立してたのか不思議なくらいに売り上げを伸ばしていった。



安室奈美恵、TRF、globe、華原朋美、Hitomi、鈴木あみなど、時代が違うのを差し引いても、現在のAKB48をはじめとするアイドルブームと比べ物にならないほどのファンを熱狂させた。


もちろん、マスコミの力が皆無だったわけではないが、小室哲哉がいくら売れていても、それ一色になることはなく、バンドも全盛期。アイドルも実力派シンガーも頑張って時代の中、選択肢が多数あった中での人気なので、今のアイドルかアーティストの二拓にしてしまっているような現状とは全く比較にならないほど人気が突出していたといえる。



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小室哲哉がプロデュースして一番の成功者は安室奈美恵





小室ファミリーに入る前にブレイクしたきっかけもあるが、小室哲哉がプロデュースした中では一番売れたのが安室奈美恵。


それに比べてglobe、TRF、dos、トーコ、大賀埜々、未来怜可のユニットなどなど数々の歌手が消えている。華原朋美は小室から離れても、それなりにヒットもしてたが、個人的な問題(小室哲哉の破局が原因で薬物疑惑)で消えて行った。



2008年には小室哲哉の逮捕とは対照的に、安室奈美恵のアルバムが6週連続首位を獲得し、150万枚以上を売り上げ(歴代132位 2008年年間2位)を記録。



小室ファミリーから離れ、R&B路線に切り替えたが思うように行かず、ボイストレーニング、ダンスなどに精力的に努め続けた結果、39歳になっても女性ソロアーティストで東京ドームコンサートを埋められる真の歌姫として絶大な人気を維持している。


また、息子さんの存在が大きいだろう。
離婚した際、元旦那のSAMが引き取っていたところ、息子の面倒をきちんと見てあげられていない現状から、親権を取戻し、一緒に生活し息子さんへの愛情を注ぎ、仕事時間にも配慮。子どもがいる働く女性としての評価を受けたこともある。

歌って踊れて、子どもがいるようには見えないビジュアル、パフォーマンス、女性を中心とした幅広い年齢層のファンが多いことも要因として挙げられる。




その反対に華原朋美は100%で小室哲哉のおかげでブレイク出来た。
完全に無名タレントの一人だった時に小室哲哉との出会いいっきに売れたまさにシンデレラストーリー。そのまま交際に発展したので華原朋美にとって運命の王子様だったのだろう。いまは、なんとか復帰できているが、とてもいい人生を歩んでいるとは思えない現状がある。




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小室哲哉の逮捕




小室ファミリー転落が始まったのは、およそ1999~2000年代の初頭。
その頃にはプロデューサーとしての小室ブームも勢いが衰え、元嫁であったASAMIとの離婚で莫大な慰謝料を支払い、更にはアジア進出事業の失敗も重なって負債を抱えて、資金面で苦しい状況になっていた。


しかし、小室哲哉は「一時代を築いたプライド」が邪魔して、「誰かに頼ること」をせずに、自分でなんとか打開しようとしていた。




そして2008年11月、小室哲哉が5億円の音楽著作権譲渡に関連した詐欺容疑で逮捕。
かつては「100億円もの資産を持つ」と言われた小室哲哉が、詐欺を働いたとして逮捕されることになってしまう。


小室哲哉2

1996年に「TK NEWS」と香港で設立した小室哲哉の事務所は、アジアビジネス視野にいれたメディア王と呼ばれるルパート・マードックと共同で設立した合弁会社。
主な事業内容は、音楽を中心とした総合的なエンターテイメント。



しかし、設立後マードックが経営から手を引くことになったため、1998年に同社は社名を「Rojam(ロジャム)」と変えて新たなスタート。だが、バブル経済がはじけ、経営素人の小室哲哉には乗り切るだけの力がなく、資金繰りが苦しくなっていたために、ともかくも資金を集める必要性に迫られていた。


なんとか会社を上場させたものの、株価は下落を続け、上場2週間後には売り出し価格の半額に落ちてしまい会社は多大な借金の負債額は、約70億を背負ってしまう事になる。


その時に小室哲哉が考えたのは「音楽著作権」を担保にして金を借りること。
小室は日本音楽著作権協会に自分名義で登録している全楽曲806曲の著作権を10億円で譲渡する仮契約を個人投資家男性と締結。しかし、前妻の「ASAMIが著作権使用料を差押さえている」という理由から、その解除費用として5億円の先払い5億円をを要求し受け取った。

実際には仮契約段階で既に著作権の一部は、エイベックスの音楽出版社に譲渡されており、小室哲哉には著作権がなかったころで詐欺容疑で逮捕された。



この事件に関しては擁護するつもりは一切ないが、逮捕後に小室哲哉から事件について語られた言葉は「ブームの影響で周囲はイエスマンばかりになってしまい、気づいたら自分は完全に裸の王様になっていた」と、一人でしょい込んでいたことを反省している。



結局、小室哲哉に下った判決は懲役3年、執行猶予付きの判決。別荘や株、高級外車、クルーザーを次々と売却、自転車操業の資金繰りしながら現在も芸能界でなんとか再起をかけて頑張っている。


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小室哲哉の失敗




小室哲哉は「海外でも売れるんじゃないか」と勘違いして海外進出をしたことがそもそもの誌失敗だった。世界は日本レベルの音楽では全く売れず、成功した時の豪勢な私生活も災いして大きな借金を抱えてしまった。


社会的な立場にいる人は借金のない人はおそらくいない。
なので、借金は不思議なことではないが、小室哲哉が逮捕時に借りていた金利がとんでもなく高かったこと。帳簿上は借りていた額だけなら支払えるはずなのが、利子が異常に高くて払いきれない状況に追い込まれた事実がある。それでも自己破産もしないで「払い通す」と主張し、小室哲哉は現在もなお芸能界で頑張っている。


小室哲哉だけが悪者にされているが、被害者男性も「かなり胡散臭い」人物なのは確か。
事件には裏があって、その真相が報道されていないので、現代のマスコミには公平性が感じられない。


今夜の放送では、小室哲哉と逮捕されたマツコの知らない世界を紹介。
小室哲哉の再起、今後の活躍に期待したい。


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