2017年1月27日(金)TBS系列「爆報!THE フライデー」
19時00分~19時56分



1980年、日本を震撼させた「イエスの方舟事件」の真相を公開。



集団失踪した女性たちは今も共同生活を続けていた「イエスの方舟事件」事件から37年たった現在、新たに分かった真実が今夜解禁される。


今夜の放送に先駆け、「イエスの方舟事件」の事件の全容を先行して紹介する。



■目次

「イエスの方舟事件」とは千石剛賢
イエスの方舟は犯罪ではない?
千石剛賢の逮捕
千石剛賢のイエスの方舟事件はカルト集団ではなかった?
千石剛賢の共同生活はDV被害や家庭内暴力などの避難所だった

「イエスの方舟事件」とは千石剛賢



1980年に発生した信仰集団「イエスの方舟」。

1965年から77年の間、東京の多摩地区で、宗教団体「イエスの方舟」の入信をきっかけとして家出し、家族から捜索願が出されるといった事件が相次いだ。その宗教団体の正式名称が「聖書研究会極東キリスト教会イエスの方舟」、教祖は「千石イエス」こと千石剛賢。





千石剛賢
千石剛賢1

生年月日1923年(大正12年)
出身 兵庫県加西市


1943年(昭和18年)、20歳で海軍に入隊。終戦後は自営業である刃物工場の経営に失敗し、てきや、レストラン支配人など職を転々としながら教会に通い始める。

20代は喧嘩に明け暮れ、自分自身の気の短い性格に、いつかは傷害事件を起こしたりして最後は死刑になるのではないかとおびえていた。夫人と再婚後の1952年、大阪で聖書研究会に参加する。1960年にはその研究会会員10名とで東京都国分寺市に移動して「極東キリスト集会」を主宰し共同生活に入る。これが「イエスの方舟」の起源である。

千石剛賢3


参照WIKI



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イエスの方舟は犯罪ではない?





イエスの方舟とは、いわゆる異端でもカルト教団でもない、「無教会に近い」。その意味ではキリスト教の伝統的教義に沿ったものだった。独自に聖書研究会を開いており、共同生活は本人たちが充実しているなら試練ではなく、どちらかといえば信者にとっては天国に近い楽園の感覚になる。




1985年に放送されたTBSドラマ「イエスの方舟〜イエスと呼ばれた男と19人の女たち〜」
では世間に衝撃を与えたイエスの方舟事件を題材に、主人公の波乱に富んだ生き様を描いたビートたけし主演し、大きな話題となった。


千石剛賢

・あらすじ

昭和51年初夏、東京都下のある街で早乙女ユキ(田中美佐子)という20歳の女性が失踪した。
彼女は京極武吉(ビートたけし)が主催する「京極聖書研究会」に身を寄せるが、家出して武吉のもとへ駆け込んで来たのはユキひとりではなかった。

家へ帰りたくないと訴える10人を越える女性信者が、武吉を"オッチャン"と慕い救いを求めてきた。そんなある日、子供を返せと信者たちの親が騒ぎ出した。


公式サイト



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千石剛賢の逮捕




1978年から千石剛賢は信者26人と共に全国を転々と移動し共同生活を続けている。


1980年に「千石イエスよ、わが娘を返せ」というタイトルで家族の手記が掲載され、ワイドショーではこのイエスの方舟事件として連日に千石剛賢を報道し、「邪教の主宰者」とバッシングした。

まさにハーレム状態の千石剛賢の共同生活は一夫多妻制のようなもの。
一夫多妻制は日本では認められていないし、社会によっては相性が良かったり悪かったりする。


かつての日本の将軍家にあった、大奥などにおける有力者の一夫多妻婚は、社会の不平等度が大きい封建社会や古代農耕社会とは比較的相性が良いと考えられている。
一夫多妻型の方が、男性間の優勝劣敗が激しくなる代わりに、女性や子供の間での不平等を解消する方向に作用する。


昔の日本のように戦乱が多い、男性の死亡率が高い時代では一夫一妻制だと適齢期の男女比が女性過多になりやすいため、一夫多妻制が適しているが、先進国になった日本、欧米、韓国、シンガポールなどは相性が良くないと考えられている。


仮に現在の日本で一夫多妻制を導入すると、むしろ少子化に拍車をかけるばかりか、子どもの養育が蔑になる危険性が大。イスラム世界を含めた一夫多妻婚が存在する民族社会研究で、女性一人あたりが産む子供の数は一夫一妻の場合よりより少なくなることが明らかになっており、一夫多妻制が少子化対策にならないことは、学問的に前世紀の段階で決着がついている。


現在の日本などの先進国で一夫多妻制が認められていない最大の理由は、一夫一妻制の場合と比較して子どもの養育投資総額が減少してしまい、そのデメリットが大きい。



政治家、芸能人、医師、スポーツ選手などの高収入男性は独身志向が強く、なかには妾を妊娠・出産させて養育費を払っている男性がいることは事実だが、年収1000万円を以上の高収入男性は結婚しない人の割合が高く、結婚を選択する場合でも裕福な生活や子供への教育の質の向上を優先させる傾向が強く、子どもの数をあまり増やしたがらないのが現状にある。





千石剛賢のような共同生活は、宗教というものではなく「千石ハーレム」「現代の神隠し」といった表現で報道され、1980年2月21日の国会でも取り上げられ「若い女性を誘拐し、集団で消えている。法治国家として恥ずべき問題だ。何とか全国的な捜査体制は取れないものか」という発言によって警察が本格的に動き始め、イエスの方舟はカルト教団として、全国的に知られることになる。




1980年7月2日、千石剛賢に逮捕状がでて、全国に指名手配される。



しかし、7月3日午後6時50分、千石剛賢は持病の心臓病から狭心症を発症し、緊急入院。捜索願が出されている娘たちに関しては、親元へ帰され、千石剛賢は半月後に退院し出頭。彼取調べは、任意調査にとどまり、書類送検されたものの翌年、「容疑事実は無い」として不起訴処分の決定が下された。



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千石剛賢のイエスの方舟事件はカルト集団ではなかった?




結局、千石剛賢の共同生活が解体すると、逮捕もされなかったこともあわせ、イエスの方舟の関心が薄れ、マスコミ報道は沈静化しはじめた。


その後の千石剛賢は、1980年12月に福岡の中洲に移って「シオンの娘」というクラブを経営。
千石剛賢と行動を共にした信者が、その情報を聞きつけ、ほとんどの女性が千石剛賢を追って共同生活を再開。


千石剛賢2


再び、イエスの方舟の活動を始める。
基本的にクラブなので酒も提供して、来客の「悩みや人生相談に乗る」のという手法で徐々に信者を獲得。1993年、古賀市に「イエスの方舟会堂」を建設し、共同生活をしながら布教を続けていた。


しかし、2001年12月11日、福岡市の病院で千石剛賢は78歳でこの世をさったが、今なおイエスの方舟は信者が信仰している。



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千石剛賢の共同生活はDV被害や家庭内暴力などの避難所だった




現在では「DVシェルター」と呼ばれるDV被害を受けた女性が保護される施設が女性をかくまってくれる場所が存在するが、当時はDVという言葉すら知れ渡ってなかった。


現在は行政施設と民間施設の2種類があり、どちらも暴力夫が追いかけてこないよう、その情報は公になっていない。シェルターの内部、入所してくる女性たち、その後の生活など、ほとんど描かれることのない世界。


DV夫と結婚し、DV被害に遭い、DVシェルターに保護してもらう。


結婚した途端に豹変する夫、何でもないことに激怒し、生活費は一切入れない経済的DV。そして、ある日突然始まる暴力。DV夫の恐ろしいところは、いつも暴力をふるう人間ではないこと。

暴力をふるった後や機嫌のいい日は優しい夫になる。

しかし、ちょっとしたことで機嫌が急変し、再び暴力をふるわれる。この恐ろしい緊張と緩和によって、妻は心を縛りつけられ、壊されていく。暴力は日に日にエスカレートし、ある日、血だらけになるまで暴力をふるわれて、ついに逃げ出した。

 

当時は警察に相談しても民事不介入。


ホテル住まいではあっという間に散財してしまう。友人を頼っても、あまりに痛ましい容姿、そしてDV夫が追いかけてくる可能性を考えると逃げ場所がない。


そのとき現在のDVシェルターだったのが、千石剛賢のイエスの方舟。
マスコミは家族の一方的な情報だけで、千石剛賢を完全に悪者にしていたが、千石剛賢は「イエスの方舟」という文字通りの女性を助けるために、共同生活を送っていたのだった。


千石剛賢が女性たちに性行為を強要したこともなく、無理やり働かせたこともない。自ら進んで 千石剛賢の「イエスの方舟」に貢献しようとして、仕事をして経済的に助けたのだった。



今夜の放送では、 千石剛賢「イエスの方舟事件」を公開。
さらに、 千石剛賢の人生を再現ドラマ化し、事件の真相に迫る。


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