2017年2月20日(月)放送、テレビ朝日系列「しくじり先生 俺みたいになるな!!」
3時間スペシャル
19時00分~21時48分




一世を風靡した日本テレビのバラエティー番組「電波少年」の企画で、本気で東大も目指した坂本ちゃんが登場。


「東大一直線」で大ブレイクし、一躍人気芸人となった坂本ちゃんだが、高収入を得ることになって「家族との金銭トラブルで独りぼっちになっちゃった先生」としてしくじり先生の教壇にたつ。


いったい坂本ちゃんになにがあったのか?

坂本ちゃんの人物像と当時の電波少年の過熱ぶりを簡単に説明する。


■目次

坂本ちゃんプロフィール
坂本ちゃんの電波少年とは
坂本ちゃんの東大企画
坂本ちゃんとケイコ先生の企画終了後の現在
坂本ちゃんの金銭トラブル
坂本ちゃんの現在

坂本ちゃんプロフィール


坂本ちゃん1

坂本ちゃん
本名・坂本恭章(さかもと やすあき)
1966年4月2日 (年齢非公表だが日テレ「ウリナリ」で判明)
出身山梨県甲州市


お笑いコンビ「アルカリ三世」を 1999年に結成。相方の添野豪が「アルカリ性と酸性」に例えて二人の性格が正反対であることから命名された。オカマキャラの坂本ちゃんのボケに、添野がツッコむと言うスタイルでコンビ活動をしていたが、坂本ちゃんが電波少年に出演しコンビ格差が生じたことがきっかけとなり、2002年に解散している。




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坂本ちゃんの電波少年とは




1992年7月5日から2003年2月22日にかけて放送された日本テレビ系列のバラエティー番組「電波少年」は、現在でも伝説となっており、斬新すぎる企画で話題を呼んだ。



アポなし、突撃取材、ヒッチハイク、さまざまな無茶に挑戦したテレビ史上類を見ない電波少年の全盛期には、視聴率30.4%を獲得し、日本テレビの1990年代黄金期を支えた。



現在、司会で多くの番組に出演する有吉も、お笑いコンビ「猿岩石」時代にユーラシア大陸をヒッチハイクで横断し、一躍「時の人」となったことで有名。著書「猿岩石日記」はシリーズ250万部を突破。出した曲「白い雲のように」はミリオンセラーとなったりと、その活躍は凄まじく、有吉は月収6000万を超えていたと当時を振り返っている。


しかし、番組が終了と同時にブームは去り、芸能界の地獄を味わう。2004年にコンビは解散し、相方は芸能生活に見切りをつけて、芸人を辞め引退。有吉は毒舌キャラで復帰するまでに、約10年間も芸能界の地獄を味わってきた。



ほかにも懸賞雑誌とハガキだけを与えられ、「100万円分当選するまで懸賞だけで生活する」という企画でブレイクしたなすび。猿岩石に続く「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」に挑戦し、アルゼンチンからアラスカまでの3万5千キロを旅するのに1年2カ月を費やしたドロンズなど、やる企画すべてが人気になっていた。




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坂本ちゃんの東大企画



坂本ちゃん4


当初、お笑いコンビ「カズマキ」の小倉一真が東京大学合格を目指すということで、この企画は進められていたのだが、本人がすぐにリタイアしてしまったため、番組が新たなる企画参加者を架空のオーディションで探すことになった。



その時に坂本ちゃんと添野豪の「アルカリ三世」がオーディションに参加しており、このオーディションで坂本ちゃんは「大学生に憧れを持っている」という事を明かしたことから、プロデューサー土屋の目にとまり、白羽の矢が立った。



小倉一真の失敗例を反省し、家庭教師をつけるとこを考え、別のオーデションでケイコ先生(春野恵子)を採用。

坂本ちゃん3


ケイコ先生(春野恵子)は4才から6才までアメリカで過し、英語がペラペラ。相撲や時代劇、ミュージカルが好きで将来は舞台女優に憧れていた。勉強の方は、東京大学文科三類に合格。後に同教育学部に進学していることからかなり優秀。


卒業後、出版社に勤めたが、役者を目指して退社。4つのアルバイトを掛け持ちながらダンスや歌のレッスンを重ねオーディションを受け続け、その中に「電波少年」があり合格。企画内容を説明せずに番組を観覧させ、あたかも観客から選んだような演出をして、同居生活の下で猛勉強を開始させる。


中学生レベルだった坂本ちゃんは、日に日に学力は向上したものの、結果は不合格。企画は「どこでもいいから一直線」に変更となり、数校の大学を受験。

最終的に日本大学文理学部のほかに、青山学院大学経営学部第二部、明治大学二部政治経済学部などに合格し、見事企画達成し、実際に日本大学に入学している。




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坂本ちゃんとケイコ先生の企画終了後の現在




企画終了後は、ケイコ先生は本名の唐木恵子の名でドラマ、CM、司会、バラエティ番組などに出演。元々舞台での役者志望だったことで、浪曲師の道に進むことを2003年に決意。
坂本ちゃん5


浪曲師・春野百合子に髪の毛を3ミリ坊主にして弟子入りを志願、二代目春野百合子門下に入門し、現在では大阪に活動拠点を移し浪曲師として活動している。

坂本ちゃん6

一方、坂元ちゃんはというと、一躍、時の人となっていたが、ブームが終わると同時に仕事が激減。コンビも解散し、ピンで芸人を続けていた。



坂本ちゃんは「電波少年」に出演する前は、ミシン工場でミシンの箱詰めのアルバイトをしており、その頃の月収は約8万円。それが「電波少年」への出演によって、月収800万円〜900万円まで跳ね上がったそうだ。


それで一番変わってしまったのが親兄弟。坂本ちゃんに毎日「金よこせ、金よこせ」という電話がかかり、それがきっかけで金銭トラブルに巻き込まれていく。



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坂本ちゃんの金銭トラブル


坂本ちゃん2



坂本ちゃんはブレイクしたことで「一番変わってしまった」のは親兄弟。


最初は、実家に仕送りをしたところ、次第にその回数は増え、親兄弟に総額で2000万円くらいを渡していたという。仕事が減少しても、その電話の回数は減らず、事務所にもガンガン電話がかかってくるまでになってしまったので、坂本ちゃんはとうとう「もう縁を切るしかない」と絶縁することをきめた。




現在の坂本ちゃんは仕事もなくなり、貯蓄もゼロ。
自分の身を守るため」に家族との縁を切った現在は、風呂なし家賃4万8000円の「倉庫みたい」な部屋を借りている。芸人は続けているが、それだけでは食べていくことが難しいので、新宿のゴールデン街にある友人の店で時給1000円のアルバイトをしながら生計を立てているという。


坂本ちゃん


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坂本ちゃんの現在




一発芸人でも、その後営業でソコソコ稼げる芸人と一気に仕事がなくなる芸人が存在する。


その違いとしては、お笑い芸人の素質。
「電波少年」のように芸で売れた訳ではない芸人は、消えていく例が多い。



お笑い芸人として長く続いてる人達は、フリートーク(例えば松本人志、さまぁ~ず、ブラマヨなど)、ネタ(サンドウィッチマン、ナイツなど)、いじられ芸(出川哲朗、狩野英考など)、司会(雨上がり、浜田雅功、上田晋也など)みたいな何か優れたものを持っている芸人。一発屋芸人が1つのネタで人気が出てきた時、周りもその芸人が「そのネタ以外の能力を持っていないこと」をわかってるはず。



番組側も流行りを察知して使い捨て感覚で多用するのは、残念だが視聴率が取れる手法を選択することは致し方ないこと。




電波少年では多くの芸人がブレイクしているが、現在も第一線で見ることは有吉以外はいない。


一発当てるだけでも大したものなので、「一発屋」も今ではブランド。

ダンディー坂野なんてその辺のお笑い芸人より稼いでいるし、坂本ちゃんも再ブレイクを果たせるか?今夜のしくじり先生で家族と絶縁状態になり、13年も家族と会っていないという家族の間で金銭トラブルを起こさないための授業で再起を図る。




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