2017年4月5日(水)放送、テレビ朝日系列「石橋貴明のスポーツ伝説」
20時57分~22時54分


「高校野球史上最高の打者」といまだその伝説となっている清原和博。


その高校時代に、清原和博に敗れた男が今、薬物で逮捕され復帰しようと頑張っている姿をみて思うことはなにか?




石橋貴明が、清原に対決を挑み、敗れた2人の男性が出演する。
1人目は1985年、春夏の甲子園で清原が在籍したPL学園(大阪)と対戦した宇部商(山口)のエース・田上昌徳さん。


清原は高校一年生から、当時の最強PL学園の4番を任され、高校時代の通算成績が打率4割4分、29打点、ホームラン13本という驚異の数字。



そんなPL学園と、甲子園で2回対決している田上昌徳さん。
1985年の甲子園 の決勝戦では、清原のPL学園と対戦したのは宇部商業だったが、宇部商業は2-6で敗北。しかし決勝戦で宇部商業のマウンドに先発したのは、エースの田上昌徳投手ではなかった。



この試合での決勝弾となった4回裏、清原の第2打席の本塁打が、二人の明暗をはっきり別れ、救援として登板することもなく、サヨナラ負けを喫した。


今回は、田上昌徳さんが当時を振り返り登場するのに先駆け、当時の清原と田上昌徳さんの人物像を紹介する。



■目次

「KK」コンビのPL学園
清原のドラフトの悲劇
清原の西武時代
清原の巨人時代
田上昌徳さんと清原和博

「KK」コンビのPL学園


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当時のPLは「KKコンビ」清原・桑田が活躍し、プロ野球の「ロッテ(当時は弱かった)よりも強い」と言われたほど強かった。




出場する高校のほとんどが「優勝候補」となる激戦区の大阪を勝ち抜いてきた、PL学園でもこの二人は別格。桑田、清原が入る前の当時のPLの前評判は、「ベスト4に進出したこと自体が意外」と言われたほど強豪ではなかった。


それを「常勝」するイメージに変えた二人の登場は、衝撃的だったと言わざるをえないだろう。


・当時の1985年のPLメンバー


1、内匠 政博(元近鉄)
2、黒木 泰典(元法政大)
3、松山 秀明(元オリックス、現千葉ロッテコーチ)
4、清原 和博(元西武→巨人)
5、桑田 真澄(元巨人)
6、杉本 隆雄(不明)
7、笹岡 伸好(元NTT関西)
8、今久留主 成幸(元横浜→西武)
9、安本 政弘(元日産自動車)


投手は桑田一人が突出しており、桑田が不調でも打線の援護があったため「常勝」を続ける。


桑田は2年からバッターとしても評価され、清原は本塁打のイメージが強いが、基本的にはチームバッティングに徹していたが、ただ「勝負強さ」は半端ではなく、「打ってほしい場面」では必ず清原が打ってくれた。

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清原のドラフトの悲劇





1985年のドラフトでは、当時の甲子園を沸かせたPL学園の桑田・清原がプロ入り。清原は昔から「巨人に入りたい」とコメントしていながら意中の巨人が指名されなかったり、早稲田進学を表明していた桑田が巨人から1位指名され、「ドラフトの闇」が社会問題に発展した。

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当時の報道では、巨人が清原を1位指名しなかったのは、投手陣の再生が急務であったこと。
そして、清原はスーパースターだったことで競合して、獲得できない確率が高い。そこで巨人は、桑田が早稲田大学進学を表明していたため、ライバル球団がなく獲得しやすいと判断したといわれている。



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清原の西武時代




清原は、巨人に入るのが人生の大目標だった。


西武時代も巨人に対する反骨心と憧れをもちつつ、これをバネにして活躍し、西武黄金時代を築いた。

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当時の清原は今よりもずっとスリムで、体格は常人離れしているものの決して腕力だけに頼ったパワーヒッターではなく、「リストの強さ」で球を遠くに運ぶタイプのスラッガーだった。



打撃以外でも一塁守備が上手く、ゴールデングラブを5度受賞。
また足も結構速く、西武時代には2ケタ盗塁も記録。四番打者としては、秋山・デストラーデという当時のパ・リーグを代表する強打者が前後にいて、勝負強さ・確実性・出塁率などの面で安定した成績を残し、森監督の下で黄金時代を支えた。




高卒1年目ルーキーで打率.304、本塁打31本というとんでもない数字を残したことからすれば、その後の成績は「伸び悩んだ」と言われている。「王貞治の年間記録55本も抜くのは清原以外いないだろう」とマスコミに持ち上げられ、清原はイチローや松井のような「現状に満足せず、己を磨き続ける」というストイックな一面を持ち合わせなかったがために、あふれる才能を浪費し、晩年は平凡な成績しか残せていない。






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清原の巨人時代



清原和博は、選手としての生涯成績通算2000本安打、500本塁打、1500打点という素晴らしい成績を残しているが、各年度の成績は、タイトル獲得はおろか、3割そこそこが2度、本塁打も37本が最高。そして、これらのタイトルは西武時代の前半で残したもの。

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西武時代の後期は、春季キャンプなどの際に、毎日浴びるように飲んではゴルフ三昧。

スリムだった体形が、とてもスポーツ選手とは思えない中年太りのような体形に変貌。巨人移籍後「肉体改造」に着手し(のちに本人は「これは大成功だった」と語っている)、野球センスだけで試合に出ているので走れず・守れず・すぐ故障。とても、西武時代と同じ清原とは思えない晩年を送る。




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田上昌徳さんと清原和博


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田上昌徳さんは、甲子園で清原がいるPL学園に敗北。

その後、社会人経由でプロ入りし、再び清原と再び対戦することを夢見ていた。しかし、その入社2年目、守備中にフェンスに激突し、利き腕の左肘を粉砕骨折。(粉砕骨折とは1本の骨が幾つかに折れ、骨折した部位(骨折線)が複雑な状態)


骨片(骨折してできた骨のかけら)が筋肉や血管、神経を傷つけてしまうので、長期離脱を余儀なくされる。



それでも再び野球を夢見て故障からの復帰を目指していた時に、チームメートから聞かされたのは「清原が、お前のこと言っとったらしいぞ。甲子園の決勝で、「もしも田上が投げていたら、俺たちは負けたかもしれない」って」。という清原らしい、遠回しな励ましの言葉を聞く。


田上昌徳さんはその言葉を励みに、プロ入りへの可能性を信じて野球を続けたが、社会人7年目、25歳の時に野球を諦めたという。




現在の清原は、薬物逮捕で執行猶予付きの判決。
今後「クスリ」とは完全に縁を切った上で「復帰したい」と願うことを田上昌徳さんどう思うのか?

過去の事例としては、江夏が1993年に同法違反で逮捕され、清原と同じ初犯だったが、執行猶予無しの実刑判決。服役後に1995年に仮出所、その後解説者に復帰している。指導者としては、阪神のキャンプで臨時投手コーチをしているので、清原も同じように社会復帰できないわけではない。



ただ、清原の件は与えた影響が大きいので、永久追放にはならないとは思うが、かなり厳しい状況であることは間違いない。そんな厳しい境遇の清原に田上昌徳さんが今、清原に伝えたいことを激白。当時の思いでも振り返る。



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