石原裕次郎 (2)
2018年7月19日(木)放送、フジテレビ系列「直撃!シンソウ坂上」
21時00分~21時54分




今回の『直撃!シンソウ坂上』は、昭和のスター・石原裕次郎が特集される。
1987年(昭和62年)7月17日、芸能史に名を遺す大スター・石原裕次郎がその華々しい生涯に幕を下ろした。



昭和の終わりは石原裕次郎、美空ひばりという大スター2人が立て続けに亡くなり、その時の世間に与えた衝撃は大きかった。



当時の石原裕次郎を現在のスターに例えると、ビートたけしや明石家さんまほどの知名度をもつ芸能人がなくなるのと同じ衝撃があり、石原裕次郎の全盛期を知らない子供までもが、「太陽にほえろ」や「西部警察」を知っていて、お年寄りから子供まで誰もが知っていて、幅広い人気もあった。



今回、坂上忍が石原裕次郎邸を訪問し、石原まき子夫人に直撃インタビュー。
嫁だからこそ語れる「裕次郎の素顔」、数々の難病に侵された闘病生活、会社経営者としての知られざる苦悩、さらに妻が語った子供の存在についても真相が語られる。





いったい、石原裕次郎とはどんな人物なのか?



今回は、石原裕次郎の子供や死因について、現時点でわかっている情報をまとめてみた。





■目次

石原裕次郎プロフィール
石原裕次郎は昭和の大スター
石原裕次郎の死因
石原裕次郎の嫁・まき子さん
石原裕次郎の子供は存在する?

石原裕次郎プロフィール




石原裕次郎 (3)


石原 裕次郎

生年月日1934年12月28日 (1987年7月17日52歳没)
出身兵庫県
身長178cm
血液型A型
石原プロモーション元代表取締役社長(初代)兼会長。




父・石原潔(山下汽船社員)、兄は政治家で作家の石原慎太郎。
マリア幼稚園(現在の小樽藤幼稚園)卒園、稲穂国民学校時代に競泳や天狗山 でスキーに親しむ。逗子中学校時代からはバスケットボールに熱中した。



その後、慶應義塾高等学校を目指すが受験に失敗し、慶應義塾農業高等学校に籍を置くが、1951年に慶應義塾高等学校に編入学。卒業後は慶應義塾大学法学部政治学科に内部進学するが、放蕩生活に明け暮れる。



大学在学中から、俳優を目指し東宝と大映、日活のオーディションを受けるも全て不合格。
しかし1956年に、映画プロデューサー水の江瀧子と兄・慎太郎の推薦があって、慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』の映画化の端役で映画デビュー。



その後、慶應義塾大学を中退して日活に入社。
『太陽の季節』に続いて製作された、同じく慎太郎原作の映画化作品『狂った果実』では、後に妻となる北原三枝を相手役に主演。その後は歌手・俳優として活躍し、主演映画が連続ヒットし、瞬く間に昭和を代表する日本最高のスターの一人となったが、ケガや病気に苦しんだ。



1987年4月20日、ハワイから急遽帰国、直後に慶應義塾大学病院へ検査入院。
5月2日に一旦退院した(カテーテル治療)ものの、3日後に再入院、その後容態悪化(高熱)、ついには幻覚症状(肝性脳症)を発する。その後意識不明状態が続き、肝細胞癌のため死去。


参照wiki




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石原裕次郎は昭和の大スター


石原裕次郎 (5)



石原裕次郎が人気映画俳優としては活躍した全盛期は、1967年頃。


主題歌も大ヒットし「夜霧よ今夜もありがとう」や、超大作「黒部の太陽」など数々のヒット映画に出演したが、徐々に娯楽がテレビに移り、映画そのものが下火になっていった。


銀幕スターだった石原裕次郎も、映画製作で多額の借金を背負ってしまったことで、映画ばかりではなく、テレビやドラマなどにも活躍の場を広げ、ドラマ「太陽にほえろ」など高視聴率ドラマを生み出した。


このドラマで、渡哲也や舘ひろしといった「石原軍団」(石原プロモーション)」が集まって、そのボスもしている石原裕次郎は、いち俳優から、石原プロモーションの社長業も兼ねるようになっていく。




石原裕次郎の時代と、現在で決定的に違うところは、芸能面での供給量の違い。


現在はTVやネットでいろんなジャンルのいろんな芸能人が存在し、映画も当時と比べると上映本数がかなり増えている。音楽に関してもCDデビューしている人は桁違いに多いので、そのような違いから当時は極端に少ない供給量(選択肢)しかないため、見る側(需要する側)は選べない状態だったこともあった。



だからといって、石原裕次郎が時代に恵まれただけのスターではない。

今、流行りの歌が30年40年先まで歌い継がれるものは存在しない(おそらく)が、そういう意味では石原裕次郎の歌は歌い継がれており、「赤いハンカチ」なんかは、団塊世代なら誰でも歌えるし、カラオケで定番「銀座の恋の物語」や「夜霧よ今夜もありがとう」、「ブランデーグラス」や「嵐を呼ぶ男」などのカバーもされている。






1970年代後半には、俳優兼社長として「太陽にほえろ」「大都会」「西部警察」が大ヒット。しかし、この社長業は81年に動脈かい離の手術をしてから亡くなる87年まで病魔との闘いしかなかった。






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石原裕次郎の死因


石原裕次郎 (7)


石原裕次郎の死因は、wikiによると肝臓ガンとなっているが、長い闘病生活からネット上では、本当に死因は別にあるという噂が出回っている。



wikiから抜粋した病気の一覧は


1981年、背中と胸に激痛が走り椎間板ヘルニアと疑われる。
そしてついに生還率3%の解離性大動脈瘤と診断され(後に右耳が難聴となる)、退院後には首や腰に痛みが出るも回復するが、発熱(見舞い客は1万2000人、手紙5000通、花束2000束、千羽鶴1000束、さらには彼の車のボディーにも励ましのメッセージを書く人もあった)。


1984年、肝臓癌が発覚し、倦怠感・腰痛の末原因不明の発熱にいたる(前の定期健診で肝細胞癌と診断される)


1986年、慶應義塾大学病院に緊急入院。
血圧降下剤の副作用による肝内胆管炎のため、療養先で静養。


1987年、慶應義塾大学病院に入院。退院した(カテーテル治療)ものの容態悪化(高熱)、ついには幻覚症状(肝性脳症)を発する。そして7月17日金曜日午後4時26分肝細胞癌でこの世を去る。



参照wiki


肝臓癌は肝硬変からの移行が多い。

肝硬変の原因は主にタバコとお酒の飲み過ぎが多いようだ。しかし、2chには、「梅毒だった」、「エイズだった」、「松田聖子の子供は裕次郎の子供」など、しっかりしたニュース・ソースと言うものが無い噂が広まっている。



松田聖子と石原裕次郎に愛人報道がでた当時、「石原軍団」石原裕次郎には子供を身ごもっているという噂もある。松田聖子の娘・沙也加は、元旦那の神田正輝の子供ではなく、故・石原裕次郎さんの娘という噂は有名。(あくまでも噂)




ちなみに、梅毒とは「トレポネーマ」という病原菌が感染すること。

間接的に感染するケースもあると言われているが、かなりの病原体を含む体液が付いていないと起こりえないので、性行為が一番感染する原因と言われている。がん同様、早期でないと治すことが難しい病気。



もっとも、石原裕次郎自身もかなりの遊び人だったこともあって、「身から出た錆び」ではあるが、報道の通り、死因の病気は「肝臓がん」の可能性が一番高い。また、子供が出来なかった理由は、「自身が子供の頃、患ったおたふく風邪」が原因で、「精子が薄くなった」と言うのを、信じてあげるのが、石原裕次郎のためなのかもしれない。



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石原裕次郎の嫁・まき子さん




石原裕次郎 (6)





石原裕次郎には、数多くの噂や都市伝説が存在する。



中でもネットで有名なのが松田聖子が石原裕次郎の愛人で、岡田有希子は神田正輝と付き合ってたが、石原軍団の忖度があり神田と松田が結婚する事になったので、ショックを受けた岡田有希子が自○したという噂。



週刊誌でも報じられたことがあるこの噂。
実際、松田聖子の結婚式に岡田有希子が花束贈呈していたシーンをYouTubeで今も見れるが、とても和やかムードにみえるので、おそらくは週刊誌の飛ばし記事の可能性が高い。それをいまだにネットで残ってしまって、その噂が蔓延しているのだろう。とくに、松田聖子は週刊誌に最も掲載された著名人になるほど散々書かれてきた。



その多くは憶測や捏造によるもので、この噂も週刊誌が作った何の根拠もない噂話のひとつといえる。




石原裕次郎は元・女優の石原典子さんと結婚後、社長業に専念。

石原慎太郎と典子さんが一緒に写っている写真はほとんど出回っていないが、オールドファンとしては、ヨレヨレになってしまったこの時期の石原裕次郎の印象が強いだろう。



実はこの嫁の典子さんがいなければ、石原プロモーションは存続できていなかったといわれるほど、最重要人物。



石原裕次郎は、昔映画製作で多額の負債借金を抱えていて、石原裕次郎本人が、テレビの映画進出を嫌っていたそうだ。しかし、まきこ夫人が上手にやる気にさせて、「大都会」、「太陽にほえろ」、「西部警察」等が次々にヒットして、借金返済どころかスポンサーもいっぱいつくようになったという。




石原裕次郎 を信じて石原プロ設立の時についてきてくれた多くの社員の中には、この頃結婚したり、子供が生まれた人もいて、「こんなに多くの社員と、その家族を路頭に迷わせてはならない」と、典子さんのアドバイスもあって、あのテレビ嫌いの石原裕次郎にテレビ出演の決断させることができた。











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石原裕次郎の子供は存在する?


石原裕次郎 (10)



石原裕次郎は元々身体が弱く、神戸で生まれてからすぐに小樽へ移り住んでいる。

奔放な性格と、「坊っちゃん」だったこともあって、高校生のときから散在し、兄である慎太郎とよくぶつかることが多かったそうだ。



有名になる前から「女あそび」も派手で、よく「隠し子」の存在がいるのではないか?と週刊誌でも騒がれた時期もあった。「石原裕次郎には子種がない」という設定になっていたが、闘病中も女の噂は絶えず、「浮気は公認だった」ような発言も典子さんの自書には書かれている。



また、石原裕次郎には倒れる直前まで女遊びをしていて、その愛人といるときに「愛人の部屋で倒れた」という報道もあったりする。いまさら「新しい愛人がいた」、なんてことはなさそうだが、「隠し子がいた」ということはあるかもしれない。




一般論で言えば「隠し子」というのは公にしていない子供のことであり、世間一般にはふせてるもの。


芸能人だからというわけではないが、基本的に「隠し子」という語句でもあるように「石原裕次郎が認知はしてる子供がいる」ケースはありえること。認知しかできないから隠す。


暴かれたケースもあるのだろうが、おおよそ認知はして養育費も支払ってるというケースはあり得る。




今夜の放送では、典子さんが石原裕次郎の子供やネット上の死因の噂について、赤裸々に真相を告白。浅丘ルリ子、舘ひろし、神田正輝が石原裕次郎への思いを語るほか、石原プロ全面協力により秘蔵のプライベート映像も初公開。石原裕次郎の全てが明かされる。




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