小野田寛郎「慰安婦証言」 (5)
2019年7月28日(日) 放送、テレビ東京「池上彰の日本中が驚いた大事件SP」
20時54分~22時42分





1974年、日本が騒然とさせた小野田寛郎について特集。


小野田寛郎は太平洋戦争が終わってもなお、フィリピンのルバング島で30年間戦い続けていた。フィリピンから29年後に日本に帰還された小野田寛郎元陸軍少尉は、有名な陸軍中野学校出身のいわゆる諜報部員。



ルバング島で敵の後方から撹乱することを任務としていたが、日本が降伏して日本兵は引き上げた際、このルバング島にはうまく伝わらなかったようで、フィリピン警察や軍隊の捕獲作戦から逃れていた。最後には日本から捜索隊が来て「日本は降伏して軍隊は解散した」を伝えてもらい、ようやく終戦を認識。


しかし、永年ルバング島のジャングルで潜んで現地の警察にも負けずにいたその自尊心はかなりの物があった。



今回は小野田寛郎元陸軍少尉の真実が再現ドラマ化されるので、ネット上でも噂になっている慰安婦問題の証言についてもまとめてみた。




■目次

小野田 寛郎とは
小野田寛郎は戦争犯罪者?
小野田寛郎の帰国後
小野田寛郎の慰安婦証言

小野田 寛郎とは



小野田寛郎「慰安婦証言」 (1)


小野田寛郎(おのだ ひろお)
生年月日 1922年3月19日 (死没 2014年1月16日91歳没)


最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。 情報将校として太平洋戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、第二次世界大戦終結から29年の時を経て、フィリピン・ルバング島から日本へ帰還を果たした。


長兄・敏郎は東京帝国大学医学部・陸軍軍医学校卒の軍医将校(終戦時最終階級陸軍軍医中佐)、次兄・格郎は東京帝国大学、陸軍経理学校卒の経理将校(最終階級陸軍主計大尉)で、弟・滋郎はのちに陸軍士官学校、陸軍大学校に入校し航空部隊関係の兵科将校(最終階級陸軍少尉)となっている。



フィリピンのルバング島に着任後は長期持久体制の準備に努めるが、島内の日本軍の一部の隊には「引き上げ命令」が出ていたため戦意が低いことと、小野田には指揮権がないため相手にされず、1945年2月28日のアメリカ軍約1個大隊上陸後、日本陸軍の各隊は、アメリカ海軍艦艇の艦砲射撃の大火力に撃破され、小野田はルバング島の山間部に逃げ込んだ。




日本敗戦後の1945年8月を過ぎても任務解除の命令が届かなかったため、戦闘を継続し、ルバング島が再び日本軍の制圧下に戻った時のために密林に篭り、情報収集や諜報活動を続ける決意。日本では1945年9月に戦死公報を出されたが、1950年に部下だった赤津が投降したことで、小野田ら3人の残留日本兵が存在することが判明する。



フィリピンは戦後間もなくアメリカの植民地支配からの独立を果たしたものの、両国の協定によりアメリカ軍はフィリピン国内にとどまることとなった。これを「アメリカ軍によるフィリピン支配の継続」、またフィリピン政府を「アメリカの傀儡政権」と解釈した小野田はその後も持久戦により在比アメリカ軍に挑み続け、島内にあったアメリカ軍レーダーサイトへの襲撃や狙撃、撹乱攻撃を繰り返し、合計百数十回もの戦闘を展開。




小野田らは山賊と呼ばれ住民らにおそれられ、29年間継続した作戦行為によって、フィリピン兵士、警察官、民間人、在比アメリカ軍の兵士を30人以上殺傷したとされる。



ただし、アメリカ軍司令官や兵士の殺傷に関して、アメリカ側にはそのような出来事は記録されておらず、実際に殺傷したのは武器を持たない現地住民が大半であった。


捜索隊はおそらく現在の情勢を知らずに小野田が戦闘を継続していると考え、あえて新聞や雑誌を残していったのだが、皇太子成婚の様子を伝える新聞のカラー写真や、1964年の東京オリンピック、東海道新幹線開業等の記事によって、小野田は日本が繁栄している事は知っていた。末期には、短波ラジオで日経ラジオ社の中央競馬実況中継を聞き、戦友小塚と賭けをするのが唯一の娯楽であった。



だがそんな小野田も、長年の戦闘と小塚金七死亡後の孤独により疲労を深めていった。
1974年に、一連の捜索活動に触発された鈴木紀夫がルバング島を訪れ、2月20日にジャングルで孤独にさいなまれていた小野田との接触に成功。鈴木は日本が敗北した歴史や現代の状況を説明して帰国をうながし、小野田も直属の上官の命令解除があれば、任務を離れることを了承し、日本での帰国会見を行った。





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小野田寛郎は戦争犯罪者?




小野田寛郎「慰安婦証言」 (4)




小野田寛郎さんはメディアの前で、日本軍の敬礼で右手を挙げた。

しかし、その敬礼を制止しようと、敬礼している右手を必死に下げさせようとする隣の男性が、泣きじゃくりながら、大きな声で、「もう戦争は終わったんだよ」「敬礼は、もう、しなくていいんだよ」敬礼する右手につかまり下げさせようとするが、小野田寛郎さんは、下げさせられてもなお、再び敬礼を続け辞める事なく、姿勢正しく、正面を向き、微動だにしなかった。



小野田寛郎さんの敬礼を阻止したその男性は、「鈴木紀夫」という人物。



鈴木紀夫さんは、冒険家で小野田元少尉を捜索し、日本に帰還させることを自らに課した捜索隊の一人。彼が何回かルバング島を訪問し、ジャングルをさ迷ううちに、偶然、小野田元少尉と遭遇し、無事帰還させることに繋がった。





当時のニュース映像は海外でも報道され、ドキュメンタリー番組等も特集し、現在でもyoutubeで見ることができるが、とても印象深く、海外では小野田寛郎さんを英雄視する人は多かった。



なぜ、小野田寛郎さんは戦争に加担したのに、戦犯として戦争犯罪の裁判にかけられなかったのか?



まともに考えるなら、小野田さんは戦時中に戦闘活動ではなく諜報活動をしていたので、戦争犯罪は犯していない。よって戦犯として訴追されることは無かったのだろう。




しかし、現地で被害にあわれた方々の多く、決して許される行為ではない。また、略奪や強姦など非戦闘員への行為や捕虜への虐待ということであれば、殆どが濡れ衣だった以上、小野田さんとて戦犯として扱われていた可能性は充分ありえた。


wikiの記述はあくまでも戦後のことなので、それについては確かにフィリピンの刑法に触れる行為もあったが、当時のフィリピン政府は小野田さんに対して「恩赦」という扱いをしているので、小野田さんの戦前戦後の行動については批判する向きもあったが、「命令の遂行」や「正当防衛」として認められるもので訴追には値しないとなった。





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小野田寛郎の帰国後


小野田寛郎「慰安婦証言」 (6)





小野田寛郎少尉はゲリラ戦指揮を命ぜられてルバング島に赴任したが、現地の日本軍部隊は彼に協力する意思がなく、米軍との戦闘の中、数名の兵と共に孤立していた。



その後、戦争が一応終結したことは短波受信機で聞いたBBC放送で知っていたが、「日本が負けた」とは思っていなかった。住民の通報により、現地の警察軍としばしば戦闘を行い、警官や住民にも犠牲者が出ても、小野田少尉は訓練を受けた工作員であり、一般兵とは立場が違うということをわかってください。国から秘密命令を受けた以上は命令が解除されない限り、そこから動けない。



大日本帝國の軍隊が解散したことを知らず、またフィリピンの警察軍に投降すれば、直ちに処刑される危険も十分あったので、結局は捜索隊の説得で出てきたが、あの時はマスコミが大々的に報道、世界中にニュースが知れ渡り、フィリピン政府も彼を処罰できなかった。もっと以前に投降していたら現地で射殺された可能性はある。



当時、左派系マスコミが全盛で、伝統的な価値観・道徳観を墨守する小野田さんには、温かいというよりも批判的な論調が多かった。



例えば戦後も長く戦闘を継続していたため、近付いてくる島民を銃撃して死傷させているが、これを一般の殺傷事件と同一視する記事があった。修身(現在の道徳)そのままの生活態度を揶揄する記事もあり、一方で戦線逃亡の横井さんは、環境・公害評論家としてマスコミ受けし、同じ戦後の帰国でも大きく扱いが違う。



当時の世間は、29年ぶりの兵士の帰還で国内は感嘆と好奇の目で見られ、マスコミからも批判があったが、国民の目は比較的暖かった。だから、すぐに奥さん候補が登場し、結婚できた。しかも、見舞金を靖国神社に寄付したので、軍国主義の亡霊という声も出たぐらい。




部下を指揮してルバング島のジャングルで29年間、フィリッピン警察と戦っていた、しかも後半の2年は孤独の戦いだった小野田さんはそんなしょうもない批判でくじけるような、柔弱な精神の持ち主ではなかった。



但し、昭和10年代の軍国教育を受けて上官の命令に従ってゲリラ戦を戦ってきてつもりの彼にとって、何もかもアメリカナイズされ、長幼の序も親子の関係も、まったく変化してしまった日本で、戦前の価値観で生きていくのは耐えられなかったのだろう。



帰国後も一挙一動をマスコミがおいかけ、和歌山の実家の上をヘリで撮影するような(小野田さんにとって 敵だった米軍ヘリと変わらない轟音)遠慮ない報道には耐えがたいものがあったそうだ。数年早くグアムでの逃亡生活から帰国した横井庄一さんと、比較されるのも彼にとっては耐えられなかったと思われる。





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小野田寛郎の慰安婦証言




小野田寛郎「慰安婦証言」 (3)

小野田寛郎さんは帰国後、戦争の体験談などを書籍に残しているが、その中でも一番印象的だったのが、韓国慰安婦問題についての証言。



小野田寛郎さんが中国戦線にいた時、たまたま慰安所があったので観察していたところ「朝鮮人慰安婦の日本人兵士に対する客引きがものすごかった」という証言を残している。「ネエ、オニイサン、アソンデイカナイ?」と片言の日本語でモーションかけまくっていたそうで、この事実一つを取ってみてもとても「奴隷」という代物ではない。事実は「商売女」で、その中でもっとも、日本人兵士に人気があったのは、やはり日本女性だったという。






慰安婦問題はいろいろな面で問題がある難しい話しなので、ここでは詳細は割愛するが、日韓で問題にしている1番の焦点は「強制連行があったか否か」。




今日の日本人拉致の遥か上をいく「20万人の軍強制連行が朝鮮半島であった」というが、既に日本政府や韓国政府が、「強制連行は無かった」という事を認めて、国民が知ったのに、未だに日本の報道機関は「うわさ話」を基に恰も、強制連行が有ったかの如き、報道を続けている。その結果として、米国に住む日本人の子供たちがいじめを受ける原因となっている。




なぜ、このような慰安婦報道がされるかというその根拠は、平成5年に日本政府が発表した通称「河野談話」という談話の中で、「日本政府が女性の拉致に関与し、性奴隷とした。」という事を認めたこと。




つまり、日本人は罪を認めてしまったわけなので、日本を批判する(韓国や中国)の根拠は全て「河野談話」に基づくものとなっている。 河野談話が間違っているとかそういう話しはさておき、現在日本は世界に罪を認めたという立場にある。




現在いろいろな専門家が「河野談話の信憑性」を疑い、談話内容を検証しているが、。つい最近では河野談話がとてもずさんな形で作られ、談話に載った元慰安婦16人の証言は全て韓国政府側が指定した16人だったとも出てきている。



新たな談話が日本政府より発表されれば「河野談話」を根拠としている現在の状況から大きく変化。 なのでそれ以外のチマチマした部分については全て「河野談話」の内容が根拠なので、「高待遇」「性奴隷」など、日本は罪を認めているとはいえ昭和40年に締結された通称「日韓基本条約」により、韓国は一切の責任請求権を破棄するとなっている。



「嘘も百回言えば真実になる」ように、所詮嘘は何千回言おうが嘘は嘘。ただ、それを証明するには、まず最初に日本人が歴史認識を新たにする必要がある。安倍総理も「河野談話」の将来的見直しに言及されてたが、いまだに実現されていない。



真偽はともかく、小野田寛郎さんはこの慰安婦の問題について決定的な言葉を証言しており、『プライドが何より高い朝鮮人がそんなことをされて黙っている筈がない。』 と述べている。 正にその通りで、20万人が日本軍に強制連行などされれば、朝鮮人のプライドに火を付ける事はまず間違いない。日本に抵抗していた集団からすれば垂涎のネタなのが、当時にその様な暴動が起きた記録がない。





小野田寛郎さんの慰安婦証言は、戦争体験者として十分に納得出来る内容ではあるが、この慰安婦証言をマスコミはどこも取り上げていない。



今夜の放送では、小野田寛郎さんの生涯が再現ドラマ化されるので、 慰安婦問題の証言についても注目したい。



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