工藤兄弟と関東連合 (2)
2019年11月4日(月) 放送、テレビ朝日系「しくじり先生 俺みたいになるな!!」
24時15分~24時45分





「いいとも青年隊」で大ブレイクした工藤兄弟が悲惨な現在を告白。
工藤兄弟といえば90年代神田利則と共に活躍したB級タレントで、ともにバラエティー番組を中心に人気があったが、ともにテレビからは消えてしまう。



ヒットのおかげで、誰もが認知してくれているような時期は一瞬だとしても、その後も根強いファンを獲得し地道に活躍し続けているタレントはたくさんいるのに、工藤兄弟はガラの悪さが露呈し、完全に芸能界から消えてしまった。



なぜ工藤兄弟は消えてしまったのか?



今回は、工藤兄弟の噂になった関東連合との関係についてまとめてみた。




■目次

工藤兄弟とは
人気だったのに消える芸能人
工藤兄弟が消えた理由は関東連合?
工藤兄弟を引退させた人物は坂本一生?
工藤兄弟の現在

工藤兄弟とは




工藤兄弟と関東連合 (4)



工藤兄弟は、工藤順一郎(兄、1972年2月9日 ) 工藤光一郎(弟、1972年2月9日 ) の双子(一卵性双生児)の元タレント。



ともに身長177cm、血液型A型、東京都出身。
ホリプロに所属していたが、2008年に独立し「JK sports」を設立。
1991年、男性アイドルを生み出そうと男性限定で行われた第16回ホリプロタレントスカウトキャラバン(大会コンセプトは「第1回飛び出せ!日本男児」)に母親が応募。ともに芸能界に興味はなかったが、面白半分に受けたところ審査員特別賞を受賞し芸能界入り。



当時、順一郎は体育関係の専門学校の2年生、光一郎は「JUN」というファッションブランドの店員だった。 1992年4月から1994年9月まで2年半、フジテレビ『笑っていいとも!』の8代目いいとも青年隊を務めた。




その後ものまね番組にたびたび出演し、1998年4月2日放送のフジテレビ『第23回爆笑!スターものまね王座決定戦スペシャル』では、松村和子、大石円との4人組ユニットで優勝。 また兄弟2人とも運動神経に優れており、芸能人スポーツマンNo.1決定戦に出演。兄の順一郎はモンスターボックスで20段(2m76cm)の記録を達成している。



2003年10月6日放送の日本テレビ『マネーの虎』に出演し、スタビライゼーションのDVD制作費555万円を希望した。スタビライゼーションとは、主導筋だけではなく補助筋(スタビライザー)も刺激して体の安定性を高め腰痛や肩こりを予防改善するという、従来のものとは違うトレーニングで、兄・順一郎が椎間板ヘルニアで悩んでいた時にこのトレーニングと出会い、二人ともインストラクターの資格を取得。社長たちの前で実践し、見事マネー成立。獲得した金でDVDを制作した。




2008年にホリプロを退社し、個人事務所「JK sports」を設立。
体操指導員として、子供向け体操教室を開校。また各地で親子向けのイベントも開催。夏にはキャンプ、秋には日帰りバス遠足を行っている。 上記通りホリプロを退社して芸能界を引退したが、2014年3月31日放送のフジテレビ『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』には歴代レギュラーとして出演していた。



参照wiki




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人気だったのに消える芸能人







工藤兄弟のようにアイドルのような人気があった芸能人であれだけテレビに出ていたのに急に出なくなったりするが、それには「何かしらの理由」があって消えている。




その理由の多くは、「何か問題を起こしたから」が大きい。

問題とは警察沙汰、事故を起こした等であり、例えばNONSTYLEの井上は当て逃げで謹慎処分になってメディア出演が減った。山本裕典は契約違反で解雇。橋爪遼は覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、解雇。高畑裕太は暴行容疑で解雇され、現在は母親である高畑淳子の個人事務所を手伝っている。



また社会現象にもなった8.6秒バズーカーの「ラッスンゴレライ」も広島原爆を揶揄するものだと言う説があり、偶然にしては一致する点があまりにも多すぎることから炎上した。また、過去に反日発言をしていたという事実があったことから、テレビ出演の機会は大幅に激減。



この反日発言は、それまでの憶測などの類ではなく、確固たる事実だったので言い逃れもできず、反日発言をしていたという事実だけで芸能人としては致命的となってしまった。ほかにも反日発言だけではなく、未成年飲酒や窃盗を自慢していた書き込みまで発覚しているし、テレビ番組はスポンサーが生命線なので、イメージダウンになるだけのタレントは使いたがらない。




こういった問題のあるタレントは、出るたびに苦情が殺到。
元々ネタ内容も「つまらない」という意見が圧倒的に多かったことで、消えるのは時間の問題だった。




この様に問題を起こして消える人は多いので、アイドルのように人気があった工藤兄弟が消えた理由は「引退させた人物」がいるとネット上では都市伝説のように残っている。






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工藤兄弟が消えた理由は関東連合?





「工藤兄弟」で検索すると、「関東連合」という第二検索サジェストが出現する。




工藤兄弟と関東連合がなにか関係するのかと管理人が調べた結果、情報元は『遺書 関東連合崩壊の真実と、ある兄弟の絆』という著者の瓜田純士の書籍がきっかけ。



瓜田純士とは16歳で極道組織へ加入し、また暴力団『供攻社』を設立した関東連合の一人。


2009年6月28日、新宿駅ルミネエスト新宿内のブティックにて自傷行為に及び、ニュースにもなった。自身のブログにて牛丼店(吉野家)に居合わせた同性愛カップルに対し暴行したことを告白したり、傷害、脅迫など、数々の事件に関わってきたアウトロー。2013年10月にも路上で刺されており、重傷を負っている。




瓜田純士が書いた著者の中に、工藤明男という「関東連合」のOBであり、元幹部が兄弟で登場したことによって、読んだ人が「元いいとも青年隊の「工藤兄弟」と関係があるのではないか?」とネット検索したことによって検索サジェストにのってしまったと思われる。




実際には、工藤兄弟と「関東連合」の関係はないが、工藤兄弟にもとからあった「ガラの悪さ」あったことで、このネット情報が真実味を持ってしまったようだ。





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工藤兄弟を引退させた人物は坂本一生?






工藤兄弟が消える10数年前。
テリ―伊藤さんがプロデューサーしていたテレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」通称「朝ヤン」と言う番組の中で、工藤兄弟と当時、世間の話題だった坂本一生が騎馬戦の収録中に喧嘩が始まり、スポーツ新聞の一面にも載った大きな事件があった。


工藤兄弟と関東連合 (1)

当時はコンプライアンスが緩く「浅ヤン」も攻めていた番組だったこともあって、放送ぎりぎりの内容でマジ喧嘩を企画化。






テリー伊藤が「そんに喧嘩したいならリングの上で戦え」と、工藤兄弟(兄)と坂本一生のリングバトル企画し、大きな反響を呼んだ。しかし、この対決は工藤(兄)と坂本の対立抗争だったのに、弟が兄以上に坂本に執拗に絡み、視聴者から批判が殺到した。



仲介役をしてくれた藤原組長にまで工藤(弟)はマジ切れ。

この放送前までは、クリーンでアイドルのようなさわやか工藤兄弟のイメージが失墜し、徐々にメディア出演が減っていき、最終的には完全に消えてしまうことになる。結果、工藤兄弟を引退させた人物は坂本一生であるが、皮肉にも、坂本一生も事務所ともめて芸能界を引退してしまうことになる。









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工藤兄弟の現在


工藤兄弟と関東連合 (5)



現在は、幼児向けの体操教室を設立し活動している工藤兄弟。



対象は幼稚園年少から小学校2年生までの年少・年中クラス、年長クラス、小学生クラスで時間は50分で月謝は3150円だそうだ。



年度の終わりに発表会や皆勤賞の表彰式などがあり、色んな地区で体操教室をやってあるようで、キャンプや課外授業的なスケート教室が人気だという。

工藤兄弟と関東連合 (3)

工藤兄弟に指導していただいてる内容は、跳び箱・マット・鉄棒・平均台など基本的なものばかりではあるものの、遊び感覚でドッジボールや鬼ごっこ、冬場は毎回縄跳びがあり、とても評判がいいらしく、第二の人生は成功したといえるだろう。





しくじり先生では、今の環境に不満を持っている人たちに向けて、自分たちがしくじりから学んだ人生の教訓を真摯に伝え、現在の環境から、もう1ステージ上がるために大切なこと、恵まれた環境なのに文句ばかりを口にして、自分の居場所を失わないための授業を行う。








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