夏目雅子 最後の写真 (2)
2019年11月21日(木) 放送、フジテレビ系「直撃!シンソウ坂上」
21時00分~21時54分







34年前に白血病を患い27歳という若さでこの世を去った伝説の女優・夏目雅子を特集。


夏目雅子が、亡くなったのは、白血病が原因とされているが、「夏目雅子 27年のいのちを訪ねて」(夏目雅子伝 まどか出版)では、白血病が完全に寛解(症状が消失すること)して、夏目雅子は、退院の予定だったという。


しかし、完全寛解から54日目に、体力が弱っているところへの肺炎を併発。

なので、夏目雅子は、「白血病で亡くなった」されているが、なぜ白血病は、もう治っていたのにこの世を去らなければいけなかったのか?今回は作家・伊集院静との結婚生活や死因の真相が明かされるので、夏目雅子の概要についてまとめてみた。





■目次

夏目雅子とは
夏目雅子という女優
夏目雅子の死因
夏目雅子と伊集院静は不倫略奪婚
夏目雅子の最後の写真

夏目雅子とは





夏目雅子 最後の写真 (1)






夏目 雅子(なつめ まさこ)
本名 西山 雅子
生年月日 1957年12月17日 (1985年9月11日没)




小学3年生のときにテレビドラマ「チャコちゃんハーイ!」を見て女優を志す。
だが子役願望は母親に猛反対されかなわず、17歳のときにヴィットリオ・デ・シーカ監督の映画「ひまわり」を映画館で見て衝撃を受け、ソフィア・ローレンに憧れ本格的に女優を目指すようになった。

1976年、東京女学館短期大学にそのまま進学してフランス語を専攻。
入学直後に父の友人の伝手でタオルメーカー内野株式会社(現UCHINO)のコマーシャルに出演。これはデビュー前で最初のテレビ挑戦だったが、厳しい学校であったので、結局、短大は中退することになる。



日本テレビ・愛のサスペンス劇場『愛が見えますか…』のオーディションで486人の応募者の中から盲目のヒロイン役に選ばれ、本名(小達雅子)で女優デビュー。




さらに、イギリスの女性ヴォーカリスト、ティナ・チャールズ(英語版)が歌う同CMの使用楽曲「Oh!クッキーフェイス」を自ら日本語でカバーしCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)よりシングルレコードをリリース、歌手としてもデビューした。


ブレイクのきっかけを作ったこのときのCMディレクターが後の直木賞作家で夫の伊集院静であった。なお、このときの撮影ロケ地はチュニジアであった。



1978年、『西遊記』で三蔵法師役を演じて人気を得る(「頭の形が良く、美しくて神々しい」と美貌が話題となった)。ドラマ自体も好評で、この番組によって人気が高まり、バラエティー番組などのタレントとしての出演が増えていたが、「本格的に女優を目指したい」と本人が直訴して、P&M事務所から、文学座とつながりの深い其田事務所に移籍した。




1984年、不倫していた作家伊集院静と結婚。
媒酌は行きつけの鎌倉長谷寺近くにある寿司店主夫妻。結婚式もこの寿司店で内輪だけで行われた。


1985年2月14日、舞台『愚かな女』の公演の最中、10円玉大の口内炎が出来、さらに激しい頭痛など極度の体調不良を訴える。それでも泣きながら「這ってでも舞台に戻る!」と、頑なに出演続行を望む夏目本人を何とか説得して、共演の西岡徳馬の勧めにより翌2月15日、慶應義塾大学病院に緊急入院した。


急性骨髄性白血病と診断されたが、夏目本人には「極度の貧血」とだけ告げ、本当の病名を伏せていた。その後、約7ヶ月に渡る闘病生活を送りながらも順調に回復し、退院間近の報道もあった矢先であったが、8月下旬から抗がん剤の副作用が原因とみられる肺炎を併発。高熱が続き、9月8日に熱が一時的に引いたが、翌9日から再び高熱を発して、意識不明の重体になり、1985年(昭和60年)9月11日午前10時16分、27歳で逝去。



参照wiki



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夏目雅子という女優



夏目雅子 最後の写真 (6)


実際に過去の作品を見て夏目雅子を知れば女優として一流か二流かよくわかるほど、美しい女性だった。



今どきの若い女優みたいなたまたま見た目が良く、たまたま芸能界に入って、たまたま売れっ子になり芝居の仕事をもらっているが、向上心もプロ意識も無くいつまでも下手くそな演技を続けのぼせあがる女優たちとは質そのものが違う。



まさに女優になるべくしてなり、選ばれるべくして選ばれた、そんな女優さんだった。





1977年にカネボウのCM「クッキーフェイス」で衝撃デビューし、その時の彼女は真っ黒に日焼けしていて健康的な美人だった。その後、日焼けが落ちたら透き通るような白い肌の色白美人を生かし、境正章主演のドラマ、「西遊記」の「三蔵法師」役で大ブレイク。役作りのために髪も剃って、頭の形も綺麗で神々しい雰囲気をかもし出していた。



夏目雅子は容姿が美しいだけではなく、演技も素晴らしく、聡明でもあり、現在の女優とは全く違うタイプ。(演技力も比較にならない)



聡明で神々しい美しさ、夏目雅子に匹敵する女優を、現在の女優で強いてあげれば小雪とか竹内結子あたりの実力派の女優しかいない。もちろん彼女達も聡明な美しさを持っているが「美」のレベルが全然違う。



夏目雅子ほどのオーラのある女優は後にも先にも出てこないだろう。




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夏目雅子の死因




夏目雅子 最後の写真 (3)


夏目雅子が病気となった白血病は当時、治療自体が体には厳しいものだった。

治療による副作用、体力や免疫力の低下など、他の病気を併発する危険性が非常に強い状態が続いていた時期に、普通の人ならクシャミ1つで済むようなものが肺炎になったと考えられる。




これは、仲間由紀恵が夏目雅子を演じたドラマでも描かれていたが、夏目雅子の白血病は薬のおかげですっかりと治っていた。



「このままいけば退院だ「」といわれていた時、病院の近くで花火大会があった。夏目雅子は夫の伊集院さんにわがままを言って病院の屋上で花火を見たのだが、それから数日後、夏目雅子は風邪をこじらせてしまう。



普通ならすぐにでも治る風邪。
ところが肝心の抵抗力は白血病の治療に使った薬の副作用のせいで完全になくなってしまっていたので、あっという間に高熱を出し肺炎になってしまった。そして1985年9月11日を迎えることになる。




他の病気を併発する危険性が非常に強い状態が続いていた時期に、普通の人ならクシャミ1つで済むようなものが肺炎になってしまう悲劇。ガン患者だって誰だって最終的な死因は心不全なので、心不全は肺炎が原因で起きる。正確には「白血病で入院治療中に肺炎を併発して亡くなった」が正しいのかもしれないが、肺炎は白血病で体力・抵抗力が落ちていたことが原因で起きただから、「夏目雅子は白血病で亡くなった」と報道されたのだろう。



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夏目雅子と伊集院静は不倫略奪婚



夏目雅子 最後の写真 (2)


夏目雅子と伊集院静は、伊集院がジェイ・エム・エスという広告会社のディレクターをしていて、カネボウ夏のキャンペーンで夏目雅子(デビュー前は小達雅子)を抜擢。その際に、チュニジアに長期ロケ行ったときに不倫関係が始まった。





はじめに伊集院静と付き合ってたのは桃井かおりだったのだけど、桃井かおりは“翔んでる”女優と呼ばれていて、付き合いの中でどんなことがあったのかは知らないが、伊集院静は夏目雅子とも関係を持つようになる。


共に内面に激しさを持っていた2人の間に挟まれていたが、伊集院静は夏目雅子のほうを選んだ。「略奪」したと言ってしまえば夏目雅子になるが、夏目雅子の存在がなければ桃井と結婚してたかは疑問。桃井との付き合いに疲れていたので、夏目雅子に走ってしまったのかもしれない。




ちなみに、田中好子の夫で夏目雅子の兄・小達一雄も不倫してさらに子どもをもうけていたと言う噂があると女性誌「週刊女性」が報じている。記事では、女の子が小達さんのことを「パパ~」と呼んでいたとしている。また、小達さんとその女性が10年以上前に知り合い、親密になったという関係者の証言なども掲載している。



夏目雅子の夫・伊集院静もかなり胡散臭い人物。

元電通マンであり、妻と夏目雅子と桃井かおりと四角関係の末、夏目を取り結婚式にはチマチョゴリを着ている。しかも不倫中に数度堕胎して、ようやく結婚。夏目雅子がいなくなってからはギャンブルや酒などで数年暮らすが、篠ひろ子と3度目の結婚となり、松井秀喜などと親交があり、武豊の仲人までしているほど幅広い交友関係を持っている。





最近では石橋貴明の番組に出演し、石橋はペコペコしてご機嫌取りをしていたし、数年前はゴローズデラックスで小島慶子を叱り飛ばし、小島慶子はビビりまくっていた。電通(創業者が在日の方で、日本のメディアを支配している)の在日枠で入社して、メディアでは美化されて放送されているので、電通にコネがあるからなのか?かなり胡散臭い人物ではある。







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夏目雅子の最後の写真


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2018年、TBS爆報ザ・フライデーという番組で「夏目雅子さんの生前最後の写真」が公開されたが、とても3週間後には死を迎えるような姿ではないとネット上で話題になった。



一方で、その最後の写真を公開した伊集院静という人物が、夏目雅子と不倫関係だったということも注目が集まった。




伊集院静の父親は半島出身で日本で苦労して実業家になり、母親の日本人と結婚。
母親はクリスチャンでとても穏やかな女性のようだが、父がかなり大きく事業をしていたため父親との思い出は無かったという。日本人の使用人や従業員もいたそうなので、勉強もスポーツ(野球で立教大学に入るが故障の為中退された)も出来たので、通常の廃品回収などをされた韓国人の様にはいじめられなかったそうだ。


夏目雅子 最後の写真 (5)


伊集院静が夏目雅子のことを語るのは、桃井かおりが横槍を入れたのだろう。

というのは、桃井かおりはその当時、荒木しげる(たぶんそんな名前)という歌手兼俳優の人と噂されていた。2人の関係を、夏目雅子が知ったとき、意気消沈したらしいけど、それを仕事へのエネルギーに変えて、例の「なめたらあかんぜょ。」の映画に没頭した。



それで彼女は一皮向けて、大女優への道を歩むことになった。

それで色々な賞も受賞し、今考えると「なめたら~」のセリフは誰かさんにむかっていったものだったもかもしれない。そして最終的には、夏目雅子の真摯な一途さにほだされて、伊集院静は彼女の元に戻った。



桃井かおりが身を引いてくれたから、夏目雅子は不倫略奪婚とはいえ伊集院静と結婚できた。
芸能人に限らず有名人は故人になっても集客力があるので、夏目雅子が死後に評価された女優になれたのも、桃井かおりのおかげなのかもしれない。





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