羽田沖墜落事故 片桐機長 現在 (2)
2019年11月27日(水) 放送、TBS系「ワールド極限ミステリー」
21時00分~22時57分








日本中を震撼させた羽田沖航空機墜落を特集。


羽田沖航空機墜落事故は、日本航空「ダグラスDC-8型機」の着陸間近の同機がまだ滑走路に着陸する前に、手前の海上にて機長がリバーサー操作をしたため、失速し、墜落。当時、機長は精神疾患の薬を服用していたとの報道され、世間から批判の声が多く上がった。


しかし、この時に事故を起こしたのは「ジャンボ機」ではなく、この時に事故を起こした機種は、ダグラス社製のDC-8型機というもの。そして後日談として明らかとなった真実、この機長は攻撃的な衝動で行ったのではないようだ。



今回は、羽田沖航空機墜落事故の機長についてまとめてみた。




■目次

羽田沖航空機墜落事故とは
羽田沖航空機墜落事故の原因
羽田沖墜落事故の片桐機長は本当に病気だったのか?
羽田沖墜落事故の片桐機長の現在

羽田沖航空機墜落事故とは








日本航空350便墜落事故は、1982年2月9日、当時の日本航空、福岡発東京行350便、ダグラス DC-8-61型機(機体番号JA8061)が羽田空港沖に墜落した事故。


事故を起こした350便は、9分遅れの午前7時34分に福岡空港を離陸。
その後、フライトプランに沿って順調に飛行し、8時35分には羽田空港RW34L(当時の33R)への着陸許可を受け車輪、フラップをおろして着陸準備に入った。



高度200フィート(約61メートル)までは順調であったが、その直後の8時44分1秒に機長は自動操縦装置を切ると、突如として操縦桿を前に倒し、機首を下げながらエンジンの推力を絞る操作とエンジン4基のうち2基の逆噴射装置を作動させる操作を行ったため、機体は前のめりになって降下し始めた。


エンジン音の異変に気付いた航空機関士が「パワー・ロー」と叫んで推力を戻し、副操縦士が操縦桿を引き上げたが8時44分7秒、対地接近警報装置 (GPWS) の警告音「Glideslope!」がコックピットに鳴り響くなか、滑走路手前の海上にある誘導灯に車輪を引っ掛けながら滑走路直前の浅い海面に機首から墜落した。

参照wiki




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羽田沖航空機墜落事故の原因




この事故の直接の原因は、機長の操縦によるもの。


機長が機体の推力を急激に減少させながら機首下げを行ったため、機体は急に下降して滑走路の手前に墜落した。 機長は、まだ副操縦士であったこの事故の6年前に初めて幻覚を見ており、それ以後、初期の精神分裂病、うつ状態、心身症などと診断され、聖マリアンナ医科大学病院の医師、会社の常勤内科医、非常勤精神科医らの診察、治療を受けたが改善せず、事故直前には「ソ連が日本を破壊させるために日本を二派に分断し、血なまぐさい戦闘をさせているんだ」などの強い信念(被害妄想)を抱くまでに至っていた。




事故当日の350便の乗務中には「敵に捕まって残忍な方法で殺されるよりも、自分から先に死んだほうがマシだ」という妄想を抱くに至り、しばらく恐怖に震えた後に現実に戻るという精神状態にあった。


羽田への着陸降下中、高度200フィートに至り副操縦士が「ミニマム」とコールアウトした。本来は「ランディング」(着陸する)または「ゴー・アラウンド」(復行する)と答えるべきだが、機長は「チェック」というのみだった。そして、350便が200フィート以下に降下した後、突然「イネ、イネ、……」という言葉が機長の頭全体に響き渡った。



機長はとっさに「死ね、死ね、……」との命令と理解し、手動操作に切り替え操縦桿を押し込み、エンジンを逆噴射させた。 航空機関士が直ちに機長のこの異常操作に気づき、機長の右手を叩いて止めさせ、リバース・レバーを戻した。



副操縦士は機首が急に下がったことに気づき、反射的に操縦桿を引き起こそうとしたが、機長が操縦桿を押し込む力が強く、引き起こすことができなかった。副操縦士が「キャプテン、やめてください!」と叫ぶと、機長は操縦桿への力を緩めた。しかし、ミニマムのコールアウトからたった8秒間足らずの異常操作であっても、機を海面に叩きつけるには十分であり、8時44分7秒、日本航空350便は滑走路進入端から510メートル手前の東京湾に墜落した。




参照wiki







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羽田沖墜落事故の片桐機長は本当に病気だったのか?



羽田沖墜落事故 片桐機長 現在 (3)


羽田沖墜落事故の片桐機長は、うつ病などの病気とされているが、事故の状況からのブラックボックス、フライトレコーダーから事故のいきさつを調査するにも限界がある。



日航機事故は片桐機長も生存していたし、逆噴射をさせたことが記録に残り、精神病とされたが、逆噴射はイメージとしては船のスクリューを反対に回すようなもの。エンジン後方に遮蔽版のようなものがあり、それを立てて排気の向きを斜め前に変えてブレーキに使う。




これを空中で作動させるとエンジンの推力が無くなり急ブレーキがかかることになる。

本来着陸した後スピードを落とすために(そうしないとオーバーランといって、滑走路を飛び出すことがある。)エンジンの噴射の向きを後ろ向きから前向きにすること使用する(ただ、実際のエンジン動きを見ると着陸後、カバーの一部が開き、噴射する向きを斜め前に変えてるだけ)このときは、着陸前に動作させてしまい、飛ぶのに必要な速度がなくなり(失速と言う)、結果的に飛ぶだけの揚力(翼に生まれる飛行機を上に揚げる力)が無くなり、墜落した。





何が言いたいのかというと、片桐機長が「病気で故意に逆噴射をやったもの」とされているが、他にも飛行中に誤って逆噴射して墜落する事故があるので、それだけで病気だったかどうかの判断はできない。コンピューターの故障によって空中で逆噴射が作動したのが原因とされる事故も起きている。




時代が隠ぺい体質な時代だっただけに、片桐機長に全責任を擦り付けたのではないか?



実際、これだけの事故を起こして、片桐機長は精神病で不起訴となった。



実は刑法39条の撤廃は、多くの当事者団体や家族会も求めている。
この法律が、精神障碍者に対する差別、偏見の根源だと多くの人が訴えている。罪を犯した精神障碍者も実名で報道されるべきで、また裁判を受け、罪を償う権利を与えられるべき。しかし、当事者はかやの外で、いろいろな理由で現在まで刑法改正はできていない。







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羽田沖墜落事故の片桐機長の現在






羽田沖墜落事故後、片桐機長は業務上過失致死罪により逮捕となったが、精神鑑定により妄想性精神分裂病と診断され、心神喪失の状態にあったとして検察により不起訴処分となった。機長は精神衛生法に基づき、東京都立松沢病院に措置入院となり、約一年後に日航を解雇されている。



参照wiki



片桐機長の「逆噴射」や、副操縦士の「機長止めて下さい」がその年の流行語になったほど、この事故の衝撃は大きかった。
羽田沖墜落事故 片桐機長 現在


逆噴射とは、通常噴射の逆、要するに車にたとえるならば減速させるような装置。
現在の航空機では、上空時逆噴射が使用できないよう、地上にいるときのみ逆噴射が使用できる安全装置を施している。羽田沖墜落した日航機の事故の場合、当時の事故機のDC-8は、上空で逆噴射が使用できた。片桐機長が着陸前に故意に逆噴射を使い、失速させ、結果羽田沖に墜落。副操縦士の「キャプテン、やめてください。」と「逆噴射」は有名になった。




2002年の週間文春で記事では、当時の片桐機長は、松沢病院に入院中に解雇になった事実を知り、かなり動揺したようだが、退職金をもらい、日本航空の年金と精神障害者保健福祉給付を受けとって、退院後は葉山の自宅で暮らしている。



その後、自動車の免許を再取得し、生活は妻がパートの仕事をしていて、たまに2人でコンサートに出かけたりして外出していたようだが、唯一の趣味だった釣りにはいかず、ほとんど家からは出ない生活を続けていたという。



真っ先に救命ボートで逃げ出した片桐機長は、本当にうつ病だったのか?

人の命を預かる職業についている方々は、周りをもっと注意しないといけない。他の重大犯罪では、精神疾患でも容疑者や医療刑務所言っても顔は検索でてくるのに、片桐機長だけは、当時あれだけの事故を起こして、テレビにも連日報道されていたらしいのに、現在では顔の画像が全く出ないのも、おかしな話。



これでは、フェアじゃないし、国民に対して過去の重大事件を知る権利を冒涜していると思われても仕方ないだろう。




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