藤圭子 事故写真 (6)
2020年1月3日(金)放送、TBS系「マツコの知らない世界SP」
21時00分~23時15分



宇多田ヒカルとマツコが初共演し、今まで語られなかった母・藤圭子との思い出、現在の恋愛観などを赤裸々に語る。



宇多田ヒカルの母親・藤圭子は、謎の自〇してから今日までもマスコミは報道追悼合戦のごとく、しつこく報道してきた。大津の自〇事件にしても、尼崎の家族解体事件にしても、報道姿勢は実に似ているが、今、藤圭子に自〇を受け、マスコミは過去の藤圭子のシーンなどを振り返り、ネット上で騒がれているが、まるで真実真相が知られてほしくないかのように、宇多田ヒカルが母に込めた思いだとか、お涙ちょうだいのしんみりさせるようなシーンばっかり流して世論誘導してるようにしか思えない。



一体、藤圭子になにがあったのか?



今回は、2chでも話題になった藤圭子の事故写真や自〇に追い込まれてしまった原因についてまとめてみた。




■目次

藤圭子とは
藤圭子と前川清
藤圭子は精神疾患だった?
藤圭子の事故写真と同居する30代知人男性

藤圭子とは




藤圭子 事故写真 (1)


藤 圭子(ふじ けいこ)
本名・宇多田 純子(うただ じゅんこ)


生年月日1951年7月5日(死没 2013年8月22日62歳没)
出身地 岩手県一関市


夫は音楽プロデューサーの宇多田照實、娘はシンガーソングライターの宇多田ヒカル。元夫は歌手の前川清。



幼い頃から浪曲師の父・阿部壮、同じく浪曲師であり曲師でもある母・竹山澄子のドサ回りに同行。旅の生活を送り、自らも歌った。北海道の岩見沢市立栄中学校卒業。勉強好きで成績優秀だったが、貧しい生活を支えるために、高校進学を断念。


15歳の時に岩見沢で行われた雪祭り歌謡大会のステージで歌う姿が作曲家・八洲秀章の目に留まり、上京。八洲秀章のレッスンを受けながらいくつかのレコード会社のオーディションを受けるが全て落選。生活のために錦糸町や浅草などで母と流しをする。その後、作詞家の石坂まさをと知り合い、石坂まさをの自宅に住み込みでレッスンを受ける。



1969年9月25日、RCAレコードより「新宿の女」でデビュー。
以後、石坂まさをと組んでヒット曲を連発。オリコンチャートで、ファーストアルバム「新宿の女」は20週連続1位、間を置かずリリースされたセカンドアルバム「女のブルース」は17週連続1位を記録。計37週連続1位という空前絶後の記録を残す。なお、内山田洋とクール・ファイブとの共作「演歌の競演 清と圭子」も含めると計42週連続1位となる。



シングルにおいても「女のブルース」は8週連続1位、続く「圭子の夢は夜ひらく」も10週連続1位を記録し、18週連続1位という同一歌手での連続記録を残す。 演歌を歌いながらもアイドル歌手としての人気も集め、青少年に大きな影響力を持っていた少年マガジンなど多数の雑誌の表紙を飾った。またその人気からテレビアニメ『さすらいの太陽』のヒロインのモデルにもなった。


1971年、当時ともに絶頂期であった内山田洋とクール・ファイブのボーカル前川清と結婚するが、大スター同士の結婚生活はすれ違いが重なり、翌1972年に離婚。


1974年、喉のポリープの手術を受けたことで、自身が強みと考えていた声の特徴が失われたと悩むようになり、引退を考え始める。 1979年に1度引退して渡米したが、1981年に帰国して歌手復帰。RCAレコードからCBSソニーに移籍し、第一弾となるシングル「螢火」を藤 圭似子名義で発表した。



1982年に、宇多田照實と再婚。以降、照實との間で7回の離婚・再婚を繰り返す。


1983年1月19日、ニューヨークにて娘を出産。網膜色素変性症を発症し視力が徐々に低下していた頃の出来事だったことから、「我が子から光が失われないように」という願いを込め「光」(ひかる)と命名した。


その後、光を世界で通用する歌手に育てるため、1990年から照實とともに光を連れて初めて渡米、お金が足りなくなると日本に戻って歌い、お金が貯まるとまた渡米することを繰り返した。そして光は15歳となった1998年に宇多田ヒカルの名で歌手デビューし、これを機に藤も再び注目を浴びた。



しかし、光のデビューと入れ替わるように自身は歌手活動を封印し、これ以降はほとんどステージで歌うことはなかった。 2013年8月22日午前7時頃、東京都新宿区のマンションの前で倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。遺書などは見つかっていないが、衣服の乱れや争ったような跡がないことなどから、新宿警察署によって飛び降り自殺を図ったと断定された。



参照wiki




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藤圭子と前川清



藤圭子 事故写真 (5)


元夫の前川清とは、藤圭子が一方的に離婚を切り出して離婚を押し通したそうだ。

当時のマスコミは「前川の浮気か?」「DV暴力か?」と、前川清と周辺を調べまくったそうだが、そのような原因は何も見つからず(井上公造もそう言っていた)何ヶ月頑張っても何も出てこなかったという。



藤圭子の普段はと言うと、気のムラが激しく、ワガママな性格だったと週刊誌やワイドショーがバッシング。それに比べ、前川のほうはそのようなことも一切ない好人物と報じられ「結婚も気まぐれで離婚もワガママを通した」ということが、離婚理由となっている。





宇多田ヒカルが活躍していた頃には、藤圭子も第一線とは言いがたい芸能人だったので、あまり、というかまったくメディアに取り上げられることもなく、何回も離婚してることは宇多田ヒカルが大ブレイクしだしてから知られるようになった。


その離婚を繰り返す理由も、当時のワイドショーでは「夫の宇多田という人間は貧乏で金にだらしなかった」とし、仕事もあまりせず、藤側の貯金を食いつぶすような形だったのでケンカがたえず、娘は部屋にこもって親のケンカが終わるのを布団をかぶって待っていたという。




たまらず離婚するも、やはり「娘のためにはよくない」とかでまた戻ったりを繰り返したとか何とか(事実はもちろん不明だが)。その離婚にはお金の問題が絡んでいた可能性が高いが、いずれにしろ前川のときの離婚と、宇多田照實の離婚は意味が大きく違うようだ。







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藤圭子は精神疾患だった?


藤圭子 事故写真 (2)


藤圭子がなくなった後、宇多田ヒカル、宇多田照實の出したコメントを見ると、私たちには理解することができない壮絶な生活があったようだ。




宇多田ヒカルの最初の言葉は「母はあこがれ、遠い人」。
すぐに駆けつけることはなく、数日たってから対面。しかも、何か「よくできたコメント」も、「日頃から付き合いはなかった」ことが推測される。




藤圭子自身は、アメリカ空港で麻薬運び人と間違われて持っていた数千万円没収(後日返還された)事件以来、家族とは疎遠になり、冷たさを嘆いていたというし、孤独な海外旅行三昧だったとか。



夫と娘は、「喜怒哀楽の激しさ」、「言葉のきつさ」など精神科に受診を勧めていたが、そのこと自体を不信されて受診させるに至らなかった、という。



ヒカル、照實のコメントで共通していることは、藤圭子の症状(家族を含め他人を信用しない、感情の浮き沈みが激しい、現実と妄想が区別できない、など)をみると統合失調症など、社会で生きていくのには困難なものだったと考えられる。


実際は、家族や身近な人しかわからないのでなんとも言えないが、これまでの様々なことは、個人的には、藤圭子の育った家庭環境が原因のように思える。



精神疾患の鬱病は症状の一つとして「死にたい」などという自〇願望があるが、藤圭子の場合は鬱病とは違う病。なので、本来は自〇と断定できないのだが、統合失調症などの精神病は、幻覚や幻聴があり、藤圭子が亡くなった時間が朝ということを考えると、寝ている間に何か夢を見たとか目が覚めたときに、恐ろしい幻聴、もしくは幻覚から逃げようとして、落下してしまったのかもしれない。





スリッパをそろえてなかったことや、(遺言状はあったようだが)ちゃんとした遺書が部屋になかったこと、同居人の方がなぜ自〇したかわからないと言っていることなど、自〇とは断定しがたい箇所が多い。




そうなると、精神疾患の精神病による偶然の事故という可能性もある。

精神病の病院では、患者をベットに縛り付けたり、24時間、看護師などが見守ったりと、こういった事故を回避する。これに関しては、きっと家族でも同居していた方でもわからない、本人にしかわからないことではあるが、こういった病気は、一般人には理解しがたく、本来なら精神病棟で診察を受けるべきだった。





藤圭子がどうして精神疾患を患ってしまったのか、家族、本人さえ、誰にもわからないことだろう。






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藤圭子の事故写真と同居する30代知人男性



藤圭子 事故写真 (3)




藤圭子が飛び降りた現場の事故写真を撮ったという人物をアサヒ芸能が取材している。




記事内容



8月22日午前7時頃、高層ビルが建ち並ぶ西新宿に轟音が響いた。


近隣に住む50代の男性はこう話す。
「外から『ズドーン』という物凄い音がしたんです。外の様子は気になりましたが、出勤時間も迫っていたので、その時は見に行きませんでした。しばらくして出社しようと外に出たら、あのマンション裏の道に人だかりができていたんです。私ものぞき込んでみると、黒っぽいTシャツとホットパンツ姿の女性があおむけに倒れ、地面には1平方メートルほどの血だまりがありました。その時は、若い女性に見えたのですが‥‥」  


まさに、倒れていた女性こそ、臨終間際の藤であった。
 

中略


その後、警視庁新宿署の調べで、藤はそこに建つ28階建高層マンションの13階の部屋のベランダから転落したことが判明した。遺体のそばにあったスリッパの片方が、13階の一室のベランダから発見されたのだ。  衣服に乱れもなく、遺書はなかったものの、事件性はなく飛び降り自〇と判断された。藤はベランダに置かれた白いクーラーボックスを足場にし、高さ115センチの手すりを乗り越えて飛び降りたと見られている。  



芸能記者はこう話す。
「その飛び降りた部屋の持ち主は、30代の男性A氏でした。A氏はマンションが完成した06年当時から藤と同居していたそうですが、警察官が午前10時頃に部屋を訪ねると『別々の部屋で寝ていたため、警察が来るまで転落したことに気づかなかった』と、ショックを受けていたそうです。その後、実況見分に立ち会い、警察の聴取には『内縁関係ではなく、トラブルもなかった』と答えています」  


6年間も同居していながら内縁関係でもない、そしてA氏とは親子ほど年が離れている‥‥。藤はどんな暮らしをしていたのか。




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藤圭子と同居していた謎の30代知人の男性は、6000万のマンションに住み訳ありな態度。


2ch情報では、この30代知人男性はホストだという噂だけど、一部報道では元マネジャー説、「著名人の近親者」という話もあるが、どれも確証のあるものではない。



日刊サイゾーの記事では、元アシスタントだというが名前はわかっていない。



記事内容



そんな中、キナ臭い情報が現場で出回っているという。

「彼女の身の回りの世話をしていた元アシスタントという説が有力ですが、アシスタントといっても、彼女のためを思って善意でやっているわけではなかったとか。現場のマンションは3LDKで、価格は6,000万円ほど。名義人はM氏で、資金は藤さんから調達したといわれているんです。彼女に取り入って、金を引き出していたのではないか? とウワサされています」(週刊誌記者)


そればかりか「詐欺で過去に逮捕歴もあると聞きました」というから穏やかではない。現在、複数の週刊誌が総力取材中で、いずれ詳細が報じられるだろう。いまだ自〇の動機は明らかになっていないが、キーマン・M氏の素性から解決の糸口が見えてくるかもしれない……。


サイゾー



男性は藤圭子さんの生活の世話をしていた方で、寝室も別であり、年齢を考えても親子ほどに離れているので、男女の関係ではなかったというが、それが嘘か本当かは確かめようがない。



確かに、この知人男性は、不審な点が多い。

まず事件当日、その男性は隣の部屋で寝ていて自〇に気付かなかった、述べている点。

ふつうは、このような事件が起これば同居人がまず第一に疑われるわけだが、そんな説明で済まされるものではない。もし自分に身の潔白を晴らしたいと思うなら、当日の、あるいは前日からの自分の動向あるいは藤圭子の動向をもっと詳しく説明すべき。



これではファンである多くの者は納得できない。
自身の身の潔白を語るのだったら、多くの人に納得のゆく説明を語るべきだった。でないと藤圭子の謎の報道は永久に闇の中に葬られたまま。



この藤圭子の事故問題は、一番疑惑が投げかけられている、同居人が多くを語っていないところに問題がある。この根拠となるものに、遺体の落下地点とか、落下した遺体の向きが上向きだったとか、果たして13階から飛び降りて自〇できるものなのか?など様々な疑問が交差していく。


スリッパも片方だけベランダに残されていたというので、自〇にしては不自然な点が数多く残されていいる。部屋の中にもそういった痕跡も残されていたはずだが、警察は詳しく調べたのか?精神が病んでいたというが、それほどまで精神が病んでいたら、自〇もできないんじゃないか?


遺体発見直後に元夫が身元確認したと言う事は、同居男性と元夫が連携して藤圭子の動向を監視していたのだろう。


とういことは、宇多田ヒカルも藤圭子の事故の原因を本当はわかっているはず。
今夜の放送では、藤圭子との思い出が語られるので、藤圭子が事故に至った原因や30代の知人男性の詳細について語られるのか注目したい。












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