ERq2DHwVUAErfNN
2020年2月27日(木) 放送、フジテレビ系「直撃!シンソウ坂上」
21時00分~21時54分



日本一熱い男・松岡修造に坂上忍が松岡に直撃インタビュー。
松岡修造が宝塚105期生で長女の松岡恵について初めて語る。松岡修造の長女・松岡恵は、宝塚歌劇団創立者であり、阪急東宝グループのトップだった小林一三翁の直系の子孫だから、宝塚学校を卒業したことは大きな話題になった。



松岡修造の父親も東宝の名誉会長で、松岡修造の母親が宝塚歌劇団の男役スターだったからまさに長女の松岡恵は超エリートの家系といって過言ではない。



今回は、松岡修造の長女・松岡恵とはどんな人物なのか?放送に先駆け、概要についてまとめてみた。




■目次

松岡修造とは
松岡家の家系図
松岡修造の長女の芸名
松岡修造の長女の今後

松岡修造とは



松岡修造の長女 宝塚芸名 (3)






松岡 修造
生年月日 1967年11月6日52歳
出身 東京都
身長188cm、
血液型AB型



ATP自己最高ランキングシングルス46位、ダブルス95位の元男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス1勝(日本人男子初のATPツアーシングルス優勝)、ダブルス1勝を挙げた。 1995年ウィンブルドン選手権男子シングルスで日本人男子として62年振りにグランドスラムベスト8に進出した人物。また、ウィンブルドン選手権での通算7勝は2015年に錦織圭に抜かれるまで日本人最多の記録であった。



現役引退後はジュニア選手の指導やテニス大会の運営、日本テニス協会の理事を務めるなど引き続きテニスに携わりつつ、スポーツキャスター、タレント、日本オリンピック委員会スポーツ環境専門委員、ミズノスポーツ振興財団顧問などとしても活動している。 妻は元テレビ東京アナウンサーの田口惠美子で、田口との間に子どもが3人いる。




参照wiki




目次にもどる

松岡家の家系図




松岡修造の長女 宝塚芸名 (1)


松岡家は元々摂津国有馬郡塩瀬村(現・兵庫県西宮市塩瀬町)において地域の門閥家であったとされる一族で、松岡の同名の高祖父にあたる松岡修造が大阪で実業家として成功を収めた事で財を成した関西財界の名門一族。



曽祖父・小林一三
阪急グループ・東宝グループの創始者。阪急グループは三男が継ぎ、松岡家に養子に出た次男が東宝グループを継ぐ(元々は長男が阪急グループを継いだが早くに亡くなった)。


父・松岡功
東宝グループの総帥(現在は名誉会長)・元デビスカップ日本代表選手(親子で日本代表になったテニス選手は松岡修造と沢松奈生子だけ)。


母・千波静
元宝塚女優(宝塚歌劇団を作ったのも曽祖父の小林一三)。


兄・松岡宏泰
東宝東和社長。名門・慶応大学主将を務めたほどのテニス選手だったが、きっぱりやめて実業の道へ。ゆくゆくはこの兄が東宝グループの総帥になると思われる。


参照wiki


その他、縁戚まで含めてまさに華麗なる一族。
ただ、父親がテニスのプロ入りに反対していたため、プロ転向に際して家からは一切援助はしてもらえなかったそうだ(もちろん慶応高等部を辞めるまで、テニス含めその他の教育は支援してもらっている)。




家族の反対を押し切って慶応高等部を1年で辞め、テニス日本一の福岡・柳川高校に転校。
インターハイで優勝後、たまたま日本に来ていたフロリダの有名テニスアカデミーのコーチに見込まれ、柳川も辞めて奨学生として単身渡米した。高卒の資格は、そのテニスアカデミー付属の高校で取っている。



松岡修造本人が「阪急グループで働きたい」と希望すれば、簡単に叶えられたが、その選択肢を選ばず、テニスの道へ進んでいる。




現在、宝塚歌劇団は、上場企業である阪急阪神ホールディングスの子会社の一部門。

創業者の曾孫とはいえ、経営に関与していない立場からは、余計な口出しはしない。曾祖父であっても阪急グループの創始者であり、公人であると考えているから、馴れ馴れしい態度は取らないようにしている。



松岡修造は娘に関するコメントも公私の区別をはっきりつけており、母親や叔母にしても、宝塚を受験された時は松岡家とは関わりなかった。長女に関しては、コネがなくてもすんなり合格できるスタイルだったので、それだけの素養があったのだろう。





目次にもどる

松岡修造の長女の芸名





松岡修造の長女 宝塚芸名 (2)




松岡修造の長女の芸名「稀惺かずと」。呼び方は「きしょう」。

男役として宝塚を卒業し、米国人を父に持つ首席、娘役の音彩唯(ねいろ・ゆい)らに続き、11番目に名前を呼ばれた。



宝塚は一般の学校とは違い、卒業者の1番から40番まで全員、成績順で呼ばれる。

公演プログラムに乗る名前順も成績順で、「宝塚おとめ」という全生徒が掲載される雑誌も成績順。宝塚音楽学校にいる間、成績は公表されておらず、文化祭のパンフレットの写真や配役はすべて五十音順で配列されているので、一般ファンにはこの成績以外知ることができない。(ほかに一宝塚おとめや公式ページの組子一覧による同期組内成績、式典等の立ち位置で組を超えた成績が判別できる場合もあるが、あくまでも予想)




このように一般のファンの方が同期内成績を把握できる機会はないが、名簿内の芸名に番号が付されていて、その番号は組内同期で香盤に合わせた連番にはなっておらず、期全体の成績順の番号が付されているので、その番号をもとに、その生徒が学年で現在は何番目の成績なのか予想はできる。



ということで、松岡修造の長女の実際の成績をネット等で探しても、「卒業時の11番に名前が呼ばれた」という順位しか判断つかない。



この成績も今後のがんばり次第で大きく変わる。

かつて成績最下位か下の方だったのは、伝説の大スター越路吹雪をはじめ、北翔海莉や檀れい、真琴つばさも下から数えたほうが早かった。元・星組のトップ・紅ゆずるは下から2番目だし、松岡修造の長女がトップになれるかはまだ未知数だけど、可能性はなくはない。





宝塚というところは、学校の延長みたいなところで成績の順位をつけるわりに上位だからといってトップになれるわけではなく、むしろ首席のままトップになった方が少ない。そして最初は芸は未熟でも、その生徒の成長ぶりを温かく見守るというところでもある。




宝塚において成績というのは、香盤表の順位に反映されるだけのもので、もちろん、生徒自身のモチベーション維持にはなるが、成績では測れない「華」とか「オーラ」「個性」「美貌」「雰囲気」「スター性」などの方がスターシステムには重要。




成績がよくてもトップになれなかった人というのは上記のどれか、欠けていたのだろう。
しかし、そういう生徒は、地味ながらも実力派、別格スターとして劇団になくてはならない存在になっていく。




目次にもどる

松岡修造の長女の今後


松岡修造の長女 宝塚芸名 (4)


ゆくゆくはトップスター候補になるであろう(劇団側が売り出している)生徒のことを「路線」と言うファンがいるが、 いわゆる「路線」と称される生徒を選ぶ“基準”というものなど一切ない。




成績 ・ 容姿 ・ 実力 ・ 人気。
いろいろと要素はあるが、「スター性」というものに明確な判断基準など存在しない。

もちろん、成績や容姿は重要だが、劇団の経営陣・演出家・振り付け歌唱などの先生それぞれ複数の人たちが「この子は!?」とインスピレーションを受ける。1人が役を付けられ「路線」の候補として育っていく。




松岡修造の長女は初舞台公演ですでに抜擢されているので「路線」にはのっている。



かつて、初舞台でエトワールを務めた純名里沙(りさ)が有名な例だが、正直、音楽学校の文化祭を何の予備知識なく観劇しても「この子は、出て来るな…」という生徒に観客の立場でも、とても目を惹きつけられる。



つまりは、スターになる「路線」は誰かが決めるものではなく浮かび上がるもの。
それが、成績が悪いけど美貌があってトップになれた人と成績悪いけど美貌あるのにトップになれなかった人の違い。そして「路線」として、劇団が押し出し、役付けすることで実力が育まれ、人気が出てくるものなのだろう。






スポンサーサイト