小堀敏夫  (5)
2020年4月19日(日)放送、フジテレビ系「ザ・ノンフィクション」~クズ芸人の生きる道~ 
14時00分~14時55分






52歳で事務所をクビになった芸人・小堀敏夫に密着。


芸人という職業で売れない場合、大抵は20年程度でほかの道を探す。
二十歳からだとすれば40歳位。それと周りの環境。嫁子供がいるなら早々にほかの道を探す。しかし、小堀敏夫は、いつまでたっても売れずに芸人にしがみつき、それでいて芸人として何一つ努力もせず、毎日パチスロばかりの生活を送っていたところ、ついに事務所から解雇されてしまう。





今回は、小堀敏夫とはどんな人物なのか?概要についてまとめてみた。





■目次

「ザ・ノンフィクション」クズ芸人の生きる道
小堀敏夫とは
売れない芸人
小堀敏夫のクビ解雇は正当?
小堀敏夫の現在

「ザ・ノンフィクション」クズ芸人の生きる道


小堀敏夫  (1)



内容


いつもジャイアンツの帽子をかぶっているその男・小堀敏夫52歳、独身。

貯金はゼロ、家賃28000円のアパートに住み、ガスは止められ、スーパーで割引になったとんかつ弁当と一緒にカップヌードルを食べる暮らし。そんなどうしようもない小堀には、30年近くも続けている“仕事”がある。



それが「お笑い芸人」だ。
ワハハ本舗に所属し「ガッポリ建設」というコンビを組んでいたが、5年前に活動休止。相方は、生活の安定を求めて就職してしまった。小堀はいまもピン芸人としてワハハ本舗に残っているが、主宰の喰始(たべ・はじめ)からは「クズ芸人」と呼ばれている。芸人として何一つ努力もせず、毎日パチスロばかり。「仕事」と称して出かけるのは、昨今世間で話題になった芸人による「ギャラ飲み」。たとえクズ芸人と呼ばれようが、小堀にとっては「お笑い芸人」でありつづけることが大切なのだ。

小堀敏夫  (4)


小堀の所属するワハハ本舗では、仕事のない芸人を救済するために3か月に一度、お笑いライブが開かれている。みんなの前で芸を披露し、主宰の喰にアイデアをもらいながら、本番に向けて芸を練り上げていく。


小堀も参加するが、やる気は全くない。喰のダメ出しには、いつも言い訳ばかり。そんなクズ芸人・小堀を見続ける喰は「自分は人間を嫌いになれない」「クビは切れない」と言い、長年、見逃してきたのだが…。



公式サイト





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小堀敏夫とは




小堀敏夫  (6)

小堀 敏夫 (こぼり としお)

生年月日1967年7月10日
出身 群馬県
身長177cm
体重78kg
血液型O型


1992年に3代目三遊亭圓丈に入門し、「三遊亭ぐん丈」の高座名を名乗っていた。
1997年3月に「ガッポリ建設」結成。当初はトリオだったが、2002年4月に一人脱退し、現在のコンビとなった。2003年4月からWAHAHA商店に所属。

小堀敏夫  (3)

基本的な衣装は、前に「ガッポリ建設」と書かれたランニングシャツに、「○の中にガ」のマークが入ったヘルメット。下の作業着は小堀が青、室田が赤のものをそれぞれ着ている。 演じるのは漫才やショートコントなど。色々な大人の行動をネタにしたコントや、「30秒で笑わせるコント」などがある。



渋谷駅のハチ公像前、横浜駅西口の相鉄ジョイナス前などで路上ライブを行っていたこともある。 2004年8月の24時間テレビで芸人100組の中から優勝して武道館でサライを歌う。サライの意味はというクイズに「人サライ」と答え大問題を起こした事がある。




2009年度の第2回お笑い全日本カップで優勝。
2011年2月21日、上野動物園にパンダの『ビーリー』と『シィエンニュ』が来日した際、二人が動物園に見に行った時の様子が各メディアで取り上げられた。

2018年末、WAHAHA本舗から戦力外通告をうける。



参照wiki






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売れない芸人


小堀敏夫  (2)





以前、バカリズムがテレビで「お笑いだけは実力の世界だ。面白い奴は必ず出てくるし、面白くない奴は売れなくなる」と言っていた。




お笑いを担当するテレビ局のスタッフは、よくお笑いのライブとかを見に行ってるみたいで、深夜番組などに出して貰うのは、そのテレビ局から将来性を買われているということらしい。



もう終わっているが、フジテレビ「キャンパスナイトフジ」には、当時あまり知られていない「ハライチ」と「ゆったり感」が出ていたが、その二組とも程なくM1のファイナリストになっている。またラジオでも、当時無名だったオードリーの若林は2006年に抜擢されて、一人でラジオをやっていたが、その時のディレクターが、現在の「オールナイトニッポン」でオードリーを担当をしている人だそうだ。



芸人が売れるには、運も必要だが、地道なライブ活動が成功につながっていることは間違いない。





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小堀敏夫のクビ解雇は正当?





芸人を含め、芸能人は、それぞれ個人事業主。




小堀敏夫は解雇というか、そもそも事務所と契約をしていないだろう。

なので、事務所のライブに出られなくなり、関連の仕事がなくなるだけ。芸人になったばかりの若手は自分でチケットを売らないとライブに出られないが、芸歴を重ねると、どうしても事務所ライブに出さないといけなくなってしまうので、クビという宣告をした。





野球のように自由契約フリーエージェント制みたいなもので、他の事務所にひろってもらえれば、そこでやって行けるし、フリーでも活動もできる。



ちなみに、吉本も契約がなかったが「契約書がないから良かったこともある」そうだ。千原ジュニアによると、数年前に吉本興業が外資系企業に買収される話があったが、芸人と会社の間に契約書が交わされていないことに先方が驚き、買収が回避できた。




横山やすしは1970年に起こしたタクシー運転手傷害事件で長期謹慎、1977年にはタクシー運転手に侮辱行為、1984年には番組出演のドタキャン、1987年には、出演者に対する暴力事件、1988年にも、番組出演キャンセル及び、俳優で息子の木村一八がタクシー運転手に傷害事件(この際に一八は吉本を解雇された)を起こすなど、多くのファンを獲得しながらその人気に乗じて多くの不祥事を起こしている。



そして1989年、一八の傷害事件による謹慎からの復帰直後に飲酒運転による人身事故を起こし、ついに吉本から解雇された。当時の会長であった林正之助はこれまで度重なる不祥事を起こしてもやすしをかばい続け、解雇することはなかったがこの際はついに「もうええ!もうよろし」の一言で、やすしを解雇する決断をしている。



「もし書面で契約が交わされていたら」こんなにもかばい続けられなかっただろう。

世間の常識も常に変化しているから「これをしたら解雇だろ、謹慎だろ」という圧力がない限りは出演させてあげたいということ。




芸人はあくまで「芸で身を立てたい」事務所はそのための会社で、契約書を作って会社が契約解除する力を高めたくない等があるかも知れない。
ただ時代も変わってきており、契約書がないことが逆に芸人を不安にさせたり、事務所側の力が強大になる温床となってしまったりしているので、このあたりが難しいところだろう。







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小堀敏夫の現在




小堀敏夫の現在は、事務所に所属しておらず、フリー。



フリーとは事務所に所属していない芸人のことで、この職業でお金を稼いでいれば、立派なプロ。しかし、事務所に所属しない芸人は、その事務所の許可がないとライブ活動が出来ない。



出たいライブや仕事があっても、事務所の考えで断られることがある。
例えば、プロダクションとレコード会社との契約の関係で契約の満了まで新曲が発表できない例がよくある。逆に、ハードスケジュールを組んだり、出たくもない低俗番組に出演させられたり、場合によっては酔客相手のステージ等もある。




フリーの場合は、出演依頼があったものに対して選ぶ権利がある。

しかし、営業活動をしっかりしていないと、「芸」が評価されていてもお呼びがかからない。




小堀敏夫は、芸能事務所に所属しないで、おそらくマネージャーなどもつけないで、自分自身で仕事をとったりしてスケジュール管理をして活動している。事務所に所属していたらマージンなどを給料から差し引かれるが、この場合だと自分で稼いだ分が全て自分のものになる。




しかし、すべて芸人としての実力があってこそ。


お笑い芸人のなかには「クズ芸人」と呼ばれるタイプの芸人が存在するが、そのなかでも「笑いになるクズ」と「笑えないクズ」に分類される。感じ方の違いは人それぞれだろうが、鈴木拓とかクロちゃんは完全にクズだけど、あまり人に対して攻撃するタイプではないので「笑いになるクズ」。




芸人が全員品行方正な優等生だったらつまんないが、小堀敏夫はどうしてもTKO木下などの「笑えないクズ」に分類される。パチンコも趣味程度ならいいが、芸人だったら寝る時間おしんで、ネタを考えたり動作・間の取り方人間観察の勉強などするべきだった。役者は、納得行くまで演技や感情のこめかた・台詞の言い回しを勉強したりしてるのと同じこと。



努力してる人は、みんなの倍以上は、自分に厳しく痛めつけているので、小堀敏夫は解雇された理由を受け止め、現実を受け止めた生き方をしていくしかないだろう。