尾上縫その後 (4)
2020年6月26日(金) 放送、TBS系「爆報!THE フライデー」
19時00分~20時00分



大手銀行を手玉にとり、被害総額2700憶円をだまし取った天才詐欺師・尾上縫を特集。



バブル時代の日本経済事件といえば、許永中に高橋治則、しかしイトマン事件で消えた金は3,000億、長銀を潰した高橋治則ですらグループ全体の総資産で6,000億円、この尾上縫はのべ2兆円超える詐欺をヤクザも政治家も使わず、神の御神託のみで興銀の経営をを傾かせた。





この張りっぷりは、明治の天才相場師、鈴久を彷彿させる。



今回は尾上縫が特集されるので、今現在とその後どうなったのか、概要についてまとめてみた。





■目次

尾上縫とは
尾上縫の生い立ち
尾上縫の占い
尾上縫のその後

尾上縫とは






尾上縫その後 (5)


尾上 縫(おのうえ ぬい)
生年月日1930年2月22日
出身 奈良県



千日前にあった料亭「恵川」の元経営者。
バブル絶頂期の1980年代末、「北浜の天才相場師」と呼ばれ、一料亭の女将でありながら数千億円を投機的に運用していた。しかしながら、景気の後退とともに資金繰りが悪化、金融機関を巻き込む巨額詐欺事件を引き起こした。





参照wiki




目次にもどる

尾上縫の生い立ち



尾上縫その後 (2)



尾上縫は、父親を早くに亡くし、母親は株の仲買人をしていた豪農の男の庇護を受けて生活していた。


髙等小学校を卒業後働きはじめ、19歳で結婚して一女をもうけたが25歳で離婚。娘を元夫に預け、大阪ミナミのすき焼き店「いろは」で仲居として働くうち、店の客である経済界の有力者の支援で、旅館「三楽」を購入改装して30代半ばで料亭「惠川」の女将となる。




バーや麻雀店なども経営し、不動産もいくつか所有。
自身が女将を務める料亭の客らに対して、占いと神のお告げによって株式相場の上昇や競馬の勝ち馬などを見事に言い当てるとして評判となり、そのために料亭は繁盛した(恵川の隣で料理屋「大黒や」も経営しており、占いはそこでしていた。




バブル景気前夜の頃までには、それらの予想も神懸かり的なものとなり(特定の銘柄を挙げて株価の見通しを尋ねると、神がかり状態の尾上が「上がるぞよー」とか「まだ早いぞよー」とか答えたという)、多くの証券マンや銀行マンらが尾上に群がるようになり、彼らは「縫の会」と呼ばれた。奈良女子高等師範(現・奈良女子大学)出と経歴詐称していた。





自らも銀行から多額の融資を受けて株式の売買を行うようになった尾上は、バブル絶頂期の1988年(昭和63年)には、2270億円を金融機関から借り入れ、400億円近い定期預金を持っていた。また、株取引では48億円の利益を得、1987年から日本興業銀行の割引金融債ワリコーを288億円購入し、55億円の金利を受け取っていた。





同時期に興銀はワリコーや同行への預金を担保に尾上に融資を始めるが、これは銀行にとっては焦げ付きのリスクが全くない旨味のある取引で、行内では「マル担融資」と呼ばれ、1989年には融資残高は586億円にのぼった。




金融の自由化により銀行間の競争が激しくなり、融資先の開拓に苦慮していた興銀は、個人顧客の資産管理を総合的に手伝う「プライベートバンキング」といった中小企業や個人との取引に力を入れており、尾上に対して不動産投資も勧め、1990年8月には尾上の資産管理を行なう「株式会社オー・エヌ・インターナショナル」を設立した。



しかし、バブル景気に陰りが見えるとたちまち運用が悪化して負債が増加するようになった。
89年の延べ累計額では借入が1兆1975億円、返済が6821億円で、270億円の利息を支払った。90年末には、2650億円の金融資産を保有していたが、負債も7271億円に膨み、借入金の金利負担は1日あたり1億7173万円にも上っていた。



以前から手を染めていた詐欺行為を本格的に始めた尾上は、かねて親交のあった東洋信用金庫支店長らに架空の預金証書を作成させ、それを別の金融機関に持ち込み、担保として差し入れていた株券や金融債と入れ替え、それらを取り戻すなどの手口で犯行を重ねた。 1991年8月初旬に尾上は東洋信金の架空証書の件を興銀の担当者にだけ打ち明け、興銀は自行の債権33億円を売りぬけて回収、やがて証書偽造が発覚し、尾上は1991年(平成3年)8月13日に詐欺罪で逮捕。



7億円の保釈金を用意し、1992年3月に保釈。同年6月、大阪地裁で破産宣告。この時点までに尾上らは、「ナショナルリース」らノンバンクを含む12の金融機関から3420億円を詐取していた。金融機関からの借入金総額は、のべ2兆7736億円、支払額はのべ2兆3060億円に達しており、拘置所で破産手続きを行った際の負債総額は4300億円で、個人としては日本で史上最高額となった。




参照wiki






目次にもどる

尾上縫の占い





尾上縫の人生が狂い始めたのは、占いによる神のお告げと称し、株式相場の上昇や競馬の勝ち馬などを見事に言い当てたこと。



占いは何の根拠もなく役にも立たないものでアドバイスをして金を取っているので詐欺みたいなものなのだが、一応認められた仕事なので、詐欺師ではない。




しかし、占いは当たるものだと騙されて(現在進行形)占い師になっている被害者(自分では被害者と気付いてない)がいる。もともと占いや予言、霊感は人を最も騙しやすいから最古の詐欺として誰かが考えて広まった。そして、他の詐欺師と差別化を図る為に多種の占いが出てきた。



そもそも、尾上縫が成功できたバブル期は、そこらの町工場の経営者でも高級車乗り回してた時代。今日買った家(と言うか土地)が半年したら倍になってたなんてザラ。だから今より放置されてたヤクザがあちこちで地上げしてた(昭和ドラマの定番)。



就職も、まともな学生ならほぼ無試験で内定。しかも内定辞退されないため研修と称して海外旅行をプレゼント。一番大きいのは、今大卒しか採ってない企業も高卒や専門卒を採用してた。


そんな時代なら、どんな株でも上がるのは誰でも予想できること。





例えば、仕事面でどうしても自分に自身が持てない人が占い師に貰った御札を部屋に貼ることによって、「御札があれば出来るんだ」と自己暗示がかかり、自信が出てきた結果、性格も明るくなり仕事が充実してきたならば、物理的には効果の無い御札でも凄く役に立っている。




自分に暗示を掛けると割り切って、占ってもらう事は良いこと。

しかし、あまり鵜呑みにして、結果に左右され過ぎる人は尾上縫のような詐欺師に付け込まれてしまう。これは、他の占い師もそうで、たまたま当たるからといって、その占いを信じられてしまうので、現在に至るまで人類は騙されている。



世界で最も騙されてる人が多い最古の詐欺であるという認識が必要だ。












目次にもどる

尾上縫のその後








尾上縫のwikiによれば、1998年3月懲役12年の実刑判決を受け、2003年4月、最高裁が尾上の上告を棄却、実刑が確定している。 なので、2010年には社会復帰している。



尾上縫その後 (1)



社会復帰した尾上縫のその後はどうなったのか?



ネット情報では、覚せい剤の使用や密売などで逮捕起訴された中野瑠美が、同じ女子刑務所で尾上縫とあっているそうだ。そのなかで、尾上縫の入浴なり排泄なり介助が必要な状態オムツの着用などの介護を担当していたという。

老人刑務者の生活の面倒は受刑者が刑務官の指示によって動いているそうで、しばらく担当していたそうだが、いつの間にか出所しており、14年頃に亡くなっている。





出所してからの情報は出回っていないが、5ch情報によると、ある老人ホームで余生を過ごしていたそうだ。


その情報は、5chに出回った破産者リストから。
尾上縫は獄中に破産宣告しているので、破産手続開始決定から破産終了に至るまで居住制限があり、裁判所の許可がなければ住所地を離れることはできない。これは、説明義務を尽くさせるためと財産隠匿を防止するため。





破産は『罪』ではなく『権利』。
免責を受け借金をいわゆるチャラになるということで罪の意識を持ちがちだが、破産は借金によってまともな生活を送ることが出来なくなった方への救済処置であり、破産する側から見れば憲法で保障されている健康で文化的な生活を送るための権利である。



破産者リストには、本来債権者の全員の名前を記載するのが一般的。

なので、尾上縫がリストに記載されていた住所がある老人ホームだったという情報が漏れたようだ。2019年にこの破産者リストは弁護士が動きすぐに閉鎖されたが、最近できたmonstermapなど、まだ閲覧できる場所はある。




破産者は日常生活を送る上では、何も変わらない。
借金ができなくなることとクレジットカードが持てないぐらいなので、尾上縫のその後は、ある意味、幸せな最期を迎えたのかもしれない。








>

スポンサーサイト