清原和博や息子の現在 (1)

2020年7月28日(火)放送、日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」2時間SP
21時00分~22時54分



元球界のスーパースター清原和博が薬をいつからしようしていたのか全てを語る。
2011年、清原和博は薬物大量摂取により倒れて緊急搬送されたが、この時服用した薬は覚せい剤だと本人が言っているし、家族も知っていたそうなのだが、なぜ警察に通報・逮捕されなかったのか?




病院でも治療していたというので、病院関係者も知っていたはず。

その2年後にも薬物により入院し、それから2016年に逮捕、執行猶予となった。


今回は清原和博が薬をいつから使用していたのか、赤裸々に語られるので、概要についてまとめてみた。


■目次

清原和博とは
清原和博は薬をいつから使用していたのか
清原和博の入れ墨写真
清原和博や息子の現在

清原和博とは

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清原 和博
出身地 大阪府岸和田市
生年月日 1967年8月18日(52歳)


甲子園通算最多本塁打数記録保持者(13本)。NPBサヨナラ安打(20本)、サヨナラ本塁打(12本)、オールスター戦通算打点(36点)、オールスター戦MVP(7回)の最多記録保持者。プロ入りから21年連続二桁本塁打の日本記録保持者。プロ入りから13年連続20本塁打以上の日本記録保持者。2019年よりワールドトライアウトの監督を務める。



2014年3月、違法薬物使用疑惑が『週刊文春』によって報じられ、突撃取材に訪れた文春記者に暴行して録音機を破壊した事も同記事内で報じられた。清原は薬については否定していて訴訟する意向を示し、入院については2型糖尿病のためであると語っており、毎日の血糖値測定と一日一回はインスリン注射が必要なことを明かした。


しかし、その後の週刊文春によると訴状は届いておらず、アサヒ芸能の3480号のテリー伊藤との対談によると、恩師(具体名は明かされず)に説得されて訴訟は止めたとコメントした。また、巨人との関係は引退後も折り合いが悪く、OBの集まりには招待状すら来なかったという事を明かした。




2015年9月22日、離婚していた事をFAXで発表。
2人の子の親権は元妻が持つ。 薬物疑惑が報じられた時期には、肩や足に刺青をしていたことも報道された。



2016年2月2日午後8時48分頃、東京都港区東麻布1の自宅マンションにて覚醒剤0.1g(袋込の重さのため実際は0.04g[72])を所持していたとして、午後11時過ぎに覚醒剤取締法違反(所持)容疑で警視庁に現行犯逮捕された(捜査員が家宅捜索に入った際、清原は注射器とストローを各1本ずつ左手に持っており、捜査員に促されてテーブルの上に置いた)。



清原は「覚醒剤は私の物に間違いありません」と容疑を認めた。
逮捕後、清原は持病の糖尿病の診察のために中野区の医療施設に行き、3日未明に警視庁本部に入り留置された。逮捕直後に警視庁組織犯罪対策第5課は東京都内の病院で清原の尿を採取して科学捜査研究所に鑑定させ、翌3日に覚醒剤の陽性反応を確認。



警視庁組織犯罪対策第5課は『週刊文春』による疑惑報道を受けて、1年にわたる内偵捜査を続けた
(密売人から覚醒剤を購入しているとの情報などを得て、立ち回り先で捜査員が行動を確認し続けていた)末、容疑が固まったとして踏み込み、その結果現行犯逮捕につながった。



警視庁は逮捕前日の2月1日までに内偵捜査の一環で清原の家庭ごみを調べており、その中から覚醒剤の成分が検出されたことなどから、それまでに積み上げてきた本人の行動や売買の情報から、覚醒剤の所持だけでなく使用の証拠も得られるタイミングと判断して2日夜に自宅の家宅捜索に踏み切った。



警視庁は覚せい剤の入手先に暴力団が関与しているとみて調べた(清原は覚せい剤の入手先について「今は言いたくない」と供述していた)一方、清原を覚せい剤取締法違反(所持)容疑で2月4日午前に東京地方検察庁に送検した。




検察側・弁護側ともに控訴期限の6月14日までに東京高等裁判所に控訴せず、清原の有罪判決が確定。なお、清原に覚醒剤を計2回(2015年9月1日ごろに群馬県太田市内のホテル客室内で約1.2gを8万円で、翌年1月31日ごろに同士のコンビニエンスストア駐車場の車内で約0.6gを4万円)密売した知人の45歳男(群馬県みどり市)は2016年7月5日、東京地裁(室橋雅仁裁判官)から懲役3年、執行猶予5年、追徴金12万円(求刑は懲役3年及び追徴金12万円)の有罪判決を受けた。



参照wiki



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清原和博は薬をいつから使用していたのか




週刊文春によると、清原和博が薬はいつから使っていたのかというと、巨人時代はもちろん、西武時代から薬を使用していたそうだ。

清原和博や息子の現在 (5)


記事内容


――清原容疑者の事情に詳しいようだが、いつから(清原容疑者は)覚醒剤をやっていたのか



元同僚:自分が(巨人に)入った1998年からやってますよ。(他にも)マリフアナ、コカイン、エクスタシーもやっていた。僕が100錠ぐらい仕入れていたエクスタシーは効くやつと効かんやつがあって、僕のは「よく効くから」と言っていて手渡していた。よく「仕入れてくれ」と頼まれていた。大体、2000年ごろまでか、02年の僕がアメリカに行くまでかな。それから04年もあるけどその後は清原に「自分の知り合いと直接やってくれ」と言った。




――覚醒剤の使用法など教えたのか

元同僚:オレは教えていない。知っていたと思う。西武時代のハワイ旅行でマリフアナ吸ったとか言っていたから。


――仲介役だったのか

元同僚:そら僕が一番安全でしょ。口割らんから。


――いくらで売ったのか

元同僚:清原からはエクスタシー100錠仕入れて、と。銀座で配るとか言っていた。僕は1錠を2000~3000円で売った。覚醒剤は自分で買ってパケで20万円ぐらい。とにかく自分が持っているのは嫌で隠していた。それを欲しい時に(清原に)渡した。(これをやると)髪の毛がぱさぱさになったり、目が落ち込んだりするからあまりムチャしないように言ったことがある。



――2人はこれまでにどんなことがあったのか

元同僚:06年の春季キャンプの時、清原からずっと連絡がなかった時があり、(オリックスの)キャンプ地に出かけて覚醒剤を1グラム、(清原の)宿舎ホテルに差し入れしたことがある。女の子が好きそうなキラキラの袋に入れて。後から清原から連絡があって「お前のやってることは脅しや!」と言ってきたから「何言うてんのか! 先輩! 連絡がないから差し入れしただけですよ」と言ってやったことがある。

――それからは?

元同僚:それから僕が先に警察に捕まった。で、その年の12月26日に執行猶予の判決が出て年を越してからの07年に清原から連絡があった。向こうとしては僕が警察に何かしゃべってないか、という探りがあったから、話してないというのを自分から言った。それで安心したのか、(清原は)「注射で打つのはもっと効くのか」と聞いてきた。06年以降も、やってないとそんなことは聞かない。(清原は)07年の春季キャンプには来なかったでしょ。それは僕が高知で待ち構えていると思ったからですよ。



週刊文春





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清原和博の入れ墨写真





清原和博は執行猶予が終わったので、メディアにも出始めているが、更生をアピールするなら、まず入れ墨消したほうがいいのに消さずにいる。

清原和博や息子の現在 (4)


同じことを友人である佐々木主浩も言ってたが、野球人としてその方がいいはず。どこに行っても入れ墨がないメリットは大いにあるけど、入ってるメリットなんてないに等しい。世の中には違法じゃなくても他人に不快感を与える行為(歳上にタメ口等)が入れ墨にはある。


よくサッカー選手がタトゥーをいれているから問題ないという意見もあるが、サッカーファンの主な年齢層は20〜40代、野球の50~60代という層に対して若め。なので、若者が多いということはタトゥーにも理解があるのだろう。


なので、おじさんにタトゥーを見せたところで、「せっかく親から授かった身体になんてことを…」「けしからん!!」なんていう否定的な反応しか得られないし、どれだけ良いプレーができてもファンの反感を買ってしまう。


古い体質の野球会にはふさわしからぬ振る舞いだし、故人・野村監督が王監督みたいになれると言ってたが、選手とかいうんじゃなく周りに感謝や謙虚さもなかった。


逮捕される前は刺青を入れたことを正当化する発言に終始し指導者、監督になりたい、という希望がありながら刺青に関して問われれば「東国原さんとか一度捕まってる、前科ある人じゃないですか。でも県知事になった。それを考えると刺青くらいで指導者になれないというのはないんじゃないか。」と反論している。





清原和博の人生は、プロ野球選手になってから決まってしまった。

もともと清原は単なる普通の野球選手だったのが、番長と言われるニックネームをつけられてから、それに見合うような威勢を張るようになり、その証として現役時代に耳にイヤリングや身体に入れ墨をして威勢を張るようになっていた。


その結果、引退後もその威勢を消すことが出来ず、覚醒剤にも手を出して人生をメチャメチャになった。現役時代に番長と言うニックネームがなかったら、普通の選手のように野球をやり、引退後は監督やコーチなどになっていたかも知れない。





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清原和博や息子の現在






清原和博や息子の現在 (2)


清原和博と元嫁・亜希さんとの間に、2人の息子がいるのだが、 2020年の現在、長男は18歳、次男は15歳になっている。





清原和博の長男と次男は、小学校から慶応幼稚舎に入学しているので、そのままエスカレートで慶応大学まで進学することだろう。






清原は今、全てにおいて後悔し反省し、新たな野球道を歩もうとされているところ。
息子たちはもちろん、刺青だけでなく体型に関しても、清原の現在は健康体では全くない。同年代の男性と比べても著しく悪い健康状態。まず薬物を絶っていることで激烈な鬱病にかかっている。


その結果、うつ病の薬を服用しているわけだが、基本的に落ち込んでいるものを引き戻す薬だから、食欲は増進するので、こういう薬というのは飲んでいると太ってしまう。これを一日4回欠かさず飲んでいる。それも、こういう薬は合う合わないのだから、今の「合う薬」に至るまで、何回も変えたそうだ。




どんな病気もそうだが、よくない、と思っていても、最重要、優先順位というのをつける。
病気で薬を飲むこともそうだし、薬など飲まない方が良いに決まっているし、副作用がある薬なら尚更。でも、その薬を飲むことによって治る、軽減するというベネフィットの方を取って、薬を服用する。



清原の場合、まず薬物依存、そしてそれに伴う離脱うつが最優先のはず。

何せ死のうとしていたそうだから、まずそれをましな状態に持っていかなきゃいけない。だからアルコールを近づけるのも本当はよくないのだが、そういう何もかもを奪うのは、精神をああまで重篤に病んでいる人には危険なので、「本当はよくないです、だから飲みすぎないでください」という条件で許可されている。



ただその上で、糖尿病も重いから、腎臓や肝臓の数値が良いわけない。
加えて、現役時代に痛めた膝は障害者認定レベルにまで壊れかつ、これは薬の後遺症らしいが目もぼやけているという。これだけ体に「よくないもの」を重ねている状態では、手術自体が難し、普通に考えて、現在の清原は危険な状態。


刺青をサクッと消せと思っても、清原の場合、刺青の範囲も非常に広いから、一回二回の除去手術では消えない。何回に分けて消すそんな大仕事を、あれほどのボロッボロの体に施すわけだから、生半なことではない。




刺青があることは決して肯定されないし、清原が望んでいる高校野球に関わりたいという夢、これを実現しようというなら必須なので、これから野球道を歩んでいく上で必ずこの刺青に始末をつけないといけない時期が来るはず。


その日のために少しでも体をマシな状態に戻す、持っていくこと、それを第一に考えているのかもしれない。その戦いのまだまだ序盤戦ということなので、まだ刺青や体型、腹のことを構う余裕はないのかもしれない。




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